833話 ゲスター様なんですよね?と誰かが話に突然、割り込んできました。
◇まともな怒り◇
ラティルと金色の目の男のそばに
近づいた人はタッシールでした。
ラティルは彼と金色の目の男を
交互に見ました。
ラティルは、
それはどういう意味なのかと
誰に聞いたらいいのか分からないまま
尋ねました。
今、タッシールは、
あの金色の目の男がゲスターだと
言っているのだろうかと思いました。
タッシールは、
自分の考えでは、その金色の目の男は
ゲスター様のようだと言うと、
ラティルと金色の目の男の間に立ち、
自信満々に笑いました。
「私の考えでは」と言いましたが、
実はタッシールは、
80%程度、確信していました。
本当なのかと、
ラティルは金色の目の男を見て
尋ねました。
タッシールが、
あれだけ堂々としている時、
彼の言葉は、ほとんどが正解でした。
ラティルは混乱しました。
金色の目の男は、
ラティルが見た人の中で、
指折り数えられるほど神秘的で美しく
この男がゲスターだからといって
ハンサムな外見が
どこかに行くわけでは
ありませんでしたが・・・
金色の目の男は、何も言わずに
軽蔑を込めた目で
タッシールを見つめるだけでした。
彼は今、罵声を浴びせるのを
我慢していました。
彼は、この話を、
皇帝が気分を害することなく
不思議に思うように
慎重に知らせるつもりでした。
ところが、タッシールは
こんな風に秘密を暴き出すように
言ってしまいました。
タッシールは
にこやかな微笑みを保ちながら
ゲスターと向き合いました。
見かけは痛快そうに見えました。
しかし、心の中では
「自分がおかしくなった」と
普段らしくない自分の行動を
自責していました。
本来の彼なら、
あの金色の目の男が
ゲスターだと思いながらも
沈黙していたはずでした。
あえて、
知っているふりをしていたとしても
このように途中で割り込んで
話す代わりに、
ゲスターか皇帝のどちらかと
別々に話したはずでした。
タッシールは、
誰とでも味方のふりをすることができ
他の人と、簡単に敵になることは
ありませんでした。
あまねく上手く付き合うことが
彼がハーレム内で生活する方法でした。
なぜ、黙っているのかと、
ラティルは男をじっと見つめながら
尋ねました。
違うなら、確実に違うと言うはずなのに
その沈黙が長くなればなるほど、
タッシールの言葉は
本当に正しいと思いました。
そして、ついに金色の目の男が、
眉間にしわを寄せながら
二人で話したいと言いました。
彼はタッシールが見ているところで
言い訳をしたくありませんでした。
本当なんだと、ラティルは
ぼんやりと呟きました。
違うなら違うと言えばいいのに、
二人で話したいというのは
言い訳したいという意味でした。
ラティルは、
自分を騙したと言うと、
さっと振り向いて歩き始めました。
彼の目に、自分がどれほど
馬鹿げて映っていたかと思うと
腹が立ちました。
金色の目の男がそばに来て、
ラティルとスピードを合わせて
歩きながら、
少し話をしようと提案しました。
ラティルは、さらに足を速めて
何の話をするのかと
冷たく尋ねました。
金色の目の男は、
怒らないで欲しいと、
懇願するように言いました。
その一方で、心の中では、
もう一度タッシールに
罵声を浴びせていました。
タッシールは木に寄りかかって立ち
歩き続ける皇帝と、
その周りをウロウロする
金色の目の男を見守りました。
ラティルが
本宮につながる回廊に抜けると、
金色の目の男は彼女の前に移動し
自分と話をしなければならないと
訴えました。
道が塞がれたので、ようやく
ラティルは立ち止まりました。
しかし表情は、依然として
石のように硬いままでした。
ラティルは、
何の話がしたいのかと尋ねました。
もっと避けることもできましたが
ラティルは立ち止まって
腰に手を当てました。
この男がゲスターなら、
どんな言い訳をするか
聞いてみるつもりでした。
金色の目の男は、
ラティルを騙すつもりはなかったと
優しく囁きました。
しかし、ラティルは、
でも、騙した。
タッシールが言わなければ、
ゲスターは話してくれただろうかと
言い返しました。
ゲスターは、
時期を見て話すつもりだったと
言い訳をすると、
ラティルの腕に手を乗せ
ゆっくりと下に下ろし
彼女の手を握りました。
そして、
この体をゲスターが一人で
使っていないのは、
ラティルも、すでに知っているはず。
自分も、そのような存在で
ゲスターとランスター伯爵とも
違う存在。話が複雑だと
ラティルが
ランスターとゲスターとの関係を
理解している方法で
自分たちについて短く説明しました。
どうせ、自分たちの関係を
まともに感じているのは
自分たちだけでした。
他人が理解できるのは
この程度くらいでした。
ラティルも彼の言っていることを
理解しました。だからといって、
腹が立たないわけでは
ありませんでした。
ラティルは、
顔はどうして違うのか。
ランスター伯爵が姿を現す時、
ゲスターの顔のままだったと
尋ねると、アウエル・キクレンは
自分の姿をラトラシルに見せたかった。
もっと近づけるような気がしたからと
低い声で呟きました。
もう少し根本的な理由は、
ラティルが、この外見を
好むだろうと思ったからでしたが
そのような話までする必要は
ありませんでした。
アウエル・キクレンは、
自分が嫌いなのか。
この姿が嫌いなのかと尋ねると
ラティルの手の甲にキスをしました。
彼は、自分の魅力を
すべて発揮しているかのように
ラティルを見ました。
ラティルは
「知らない」と呟きましたが
嫌いではありませんでした。
彼の美しい外見に
罪はありませんでした。
だからといって、
彼が自分を騙そうとしたことが
消えるわけではありませんでした。
アウエル・キクレンは
ラティルに近づくと、
怒ることではない、 考えてみてと
優しく勧めました。
彼が近くに立つと
良い香水の香りがしました。
ラティルは手すりにつかまり、
しばらく何も言いませんでした。
アウエル・キクレンは
ラトラシルも仮面をかぶって、
他の顔でよく歩いてると指摘しました。
ラティルは、
それを聞くや否や、手すりを離し
ぱっと振り向くと、
自分は事情がある時に
姿を変えただけで、
何もないのに、姿を変えて
ゲスターたちに接近して
からかったことはないと抗議しました。
姿を変えて接近したのは
ギルゴールでしたが
あの時は生存がかかった問題でした。
ラティルは怒って
大股で歩き出しました。
アウエル・キクレンが
そばに近づいて来て、
彼女を呼びましたが、
ラティルは後ろも振り向かずに行き、
後になると、
完全に走って行ってしまいました。
追いかけても無駄だと分かると
アウエル・キクレンは
立ち止まって、眉を顰めました。
仕事を持って通りかかった
宮廷人たちは、
生まれて初めて見る美男を見て驚き
あちこちで、ぶつかり合いました。
アウエル・キクレンは無表情で
来た道を戻り始めました。
本当に久しぶりに、まともな怒りが
湧き起こって来ました。
タッシール・アンジェス。
アウエルは、あの狐のような奴に
本気で腹を立てていました。
◇気をつけろ◇
タッシールが部屋の中に入ると、
このような話は
あまりしたくないけれどと、
横から沈んだ声が聞こえて来ました。
タッシールは、声のした方へ
顔を向けると、カルレインが
部屋の角の壁に寄りかかって
本を読んでいました。
カルレインさんではないかと、
タッシールは嬉しそうに
彼を呼びながら灯りを点けました。
部屋の半分が明るくなると、
カルレインは視線を上げました。
タッシールは、
どうしたのかと尋ねました。
カルレインは本を閉じながら、
気をつけた方がいい。
道を進む前も、行く途中も、
到着した後も、これからは、
ずっと周囲をよく見た方が良いと
警告しました。
話を聞くと、
脅迫されているようでしたが、
表情や言葉遣いから伝わる
ニュアンスは
脅迫のようではありませんでした。
タッシールは眉をつり上げながら、
カルレインか
自分の心配をしてくれるなんて、
だんだん自分たちの仲が
良くなって来ているようだ。
自分たちは。もう友達なのかと
尋ねました。
しかし、カルレインは、
なぜ、ギルゴールや自分が
ゲスターをいない者扱いして
過ごしているか知っているか。
ゲスターと対決すれば
負けると思っているからだと
思うかと尋ねました。
タッシールは、
そんなはずがないと答えると
ゲスターとカルレイン、
ギルゴールが戦う場面を
想像してみました。
今、彼らは皆、皇帝を中心にして、
何とか近くに集まっていましたが、
この囲いの中で戦いが起こったら
どうなるだろうか。
誰が勝つかも重要だけれど、
タッシールは、
フェンスが壊れることを
一番心配しました。
おそらく、カルレインも
同じような考えで
訪ねてきたのだろうと思いました。
カルレインは、
自分やギルゴールが
奴を知らないふりをしながら
過ごしている時は理由があると
言いました。
カルレインは、ゲスターが
タッシールの部屋の扉を
注意深く見つめているのを
最近、何度か見ました。
ところが今日のゲスターは
最初から瞬きもせずに
タッシールの部屋を見つめていました。
鳥肌が立つほどでした。
カルレインはタッシールに
気をつけろと警告しました。
カルレインはゲスターより
タッシールの方が
好きではありませんでした。
しかし、彼は、
ゲスターが一線を越えて
タッシールの命を奪いでもして、
ラティルが悲しむのが嫌でした。
彼はタッシールの肩を叩いて
廊下に出ました。
カルレインが出て行き、扉が閉まると、
タッシールは笑みを浮かべた顔で
首を傾げました。
◇皇配候補の推薦◇
11時に国務会議に入ったラティルは、
いつものように大臣たちが
様々な問題で討論する姿を
最初は見ていました。
大臣たちは討論をしながらも、
一度ずつラティルの方を
のぞき込みました。
まだ、彼らの目には、
好奇心と畏敬の念、恐怖、
不快感などがこもっていました。
ラティルは、最初、
その点が気になりましたが、
今ではラティルも、
以前ほど彼らの反応が
気にならなくなりました。
侍従長は書記たちとは別に
手帳に何かを一人で書きながらも、
一度ずつラティルを見ました。
そして皇配についての話題が
取り上げられると、
話題が話題なので、
大臣たちは同時にラティルを
見つめました。
ラティルは、
まず自分で皇配候補を
3人ぐらい選んでから、
もう少し考えてみようと思うと
告げました。
ラティルがこれほどまでに
範囲を狭めたのは初めてだったので
大臣たちは、ざわめき始めました。
侍従長も記録をするのを止めて
目を大きく見開きました。
皇帝は、普段から様々な案件を
侍従長に相談することが多いけれど
この話は、
彼も初めて聞いたからでした。
サーナット卿は、
剣の柄を強く握り締めました。
覚悟していたことだけれど、
それが目前に迫って来ると
耐えられませんでした。
人々の反応をずっと見ていてた
ラティルは、
大臣たちの意見も聞いてみたいと
言い出し、彼らに
誰を皇配候補に挙げるかと尋ねました。
実はラティルは、
昨夜から今日の明け方まで
その考えをしながら、
ラナムンとタッシール、
ゲスターの3人を選んでおきました。
元々、ラナムンとタッシールは、
いつもラティルの心の中で
1位、2位を争う候補者でした。
問題は選ばないと
もったいないけれど、選んだら、
他の人たちが残念に思う
他の側室たちでした。
ラティルは悩んだ末、
その中からゲスターを選びました。
支持率や認知度の面では
他の側室に押されているけれど
ゲスターは1人で2人分でした。
今日見たら3人分でしたが。
ゲスターとランスター伯爵は
アニャドミスとの戦いの時も、
レアンと議長の最後の攻撃の時も
大きな役割を果たしてくれました。
さらに、黒魔術師のゲスターが
皇配になって、
自分の能力を良い方向に発揮すれば
黒魔術師に対する人々の認識を
変えることができました。
以前は、ゲスターが
あまりにも弱いのが心配でしたが
ランスター伯爵が
その部分を補ってくれそうでした。
しかし、
今は気持ちが変わりました。
ラティルは
騙す回数が多過ぎるゲスターを
信用できませんでした。
ゲスター本人が
そうしているわけではないので
悔しい部分もあるだろうけれど、
彼は、ランスター伯爵や
あの金色の目の美しい男と
体を共有してしていました。
ゲスターが、
伯爵と金色の目の男を
コントロールできなければ、
彼がいくら善良な人だとしても
無駄でした。
ラティルは、
一人ずつ前に出て、
誰が皇配に最も適当だと思うか
名前を言うように。
自分が選んだ3人のうち
1人か2人は大臣たちの意見を
受け入れると話しました。
タッシールの名前が出てこない
可能性を考えて
そのようなルールを定めました。
それから、ラティルは、
半円形に並んでいる大臣たちの
一番右の人を指し、
そこから順番に一人ずつ前に出て、
自分が支持する側室の名前を言わせ
書記には、それを書き取るよう
指示しました。
書記が侍従長の横に来て、
大きな白紙を壇上に置きました。
ラティルは一番端にいる大臣を
見ました。
大臣は一番先に話すことになったのが
負担なのか、しばらく躊躇った後
前に出ました。
ラティルの記憶では、
彼はアトラクシー公爵派なので
見るまでもなく
ラナムンと言うだろうと思いました。
ところが彼が口にした名前は
ラティルが全く予想できなかった
名前でした。
今まで、ゲスターは
何度も腹を立てていたけれど
しばらく、まともに怒ったことは
なかったのですね。
彼がまともに怒ると、
どういうことになるのでしょうか。
カルレインですら鳥肌が立つくらい
恐ろしい様子のゲスター
タッシールの身に
何か起きなければ良いのですが・・・
カルレインに警告されても
笑っているのは、
タッシールに何か対抗策が
あるのでしょうか?
ゲスターの言い訳は
自らの保身のため。
自分の行動を弁解ばかりしているし
この姿が嫌いなのかとか
ラティルも仮面をかぶって
出歩いているとか、
ラティルに対して、
思いやりの欠片もない言葉を
平気でかけてくる。
そんなことをしても、
ラティルの心に響くわけがないのに。
それに、
とうとうラティルの信用まで
失ってしまいました。
もっとも、ゲスターは
ゲスターの姿の時でも
ラティルを騙していると思いますが。
ゲスターは、自分の気持ちを
押し付けてばかり。
ラティルの気持ちを
全く、思いやれていないと思います。
ラティルの全く予想していなかった
皇配候補は、
もしかしてギルゴール?