772話 ラティルは2人目の子を妊娠しましたが、果たしてその父親は?
◇喜ぶタッシール◇
ラティルは、1人で
うんうん唸っていました。
これを、どうやって
話したらいいだろうか。
タッシールが、
父親の可能性があると言うのは
とても簡単でした。
しかし、サーナット卿も
父親の可能性があると
話すことはできませんでした。
サーナット卿と一線を越えて
恋人になる機会はあったけれど、
それは過去のことでした。
サーナット卿が
礼服を焼いてしまったことで
2人の仲も、
それで終わってしまいました。
それなのに、サーナット卿が
父親かもしれないなんて!
サーナット卿に話すべきだろうか?
ラティルは悩んだ末、
そうしないことにしました。
その代わりに、タッシールと
レアンのことで話をしている時に
子供ができたと、そっと漏らしました。
手帳にメモを取っていたタッシールは
頭を上げました。
続けてラティルは
3ヶ月くらいだと告げると
すぐにタッシールの目が
大きくなりました。
やはり、彼は頭がいいと
心の中で感嘆しました。
タッシールは、
と言うことは、赤ちゃんの・・
と呟くと、ラティルは
タッシールも候補だと告げました。
珍しくタッシールが
緊張した表情になりました。
タッシールは、
そのように話しているということは
他の候補者もいるということですねと
確認しました。
ラティルは「う~ん」と
曖昧な返事をしました。
候補者は何人もいるわけではなく
たったの2人だけでした。
しかし、ラティルは
サーナット卿について隠すために
大勢だと言い張りました。
タッシールは
頭を働かせているような
表情をしました。
しかし、いくら彼が頭が良くても、
ラティルが
誰と愛を分かち合ったのかまで
知ることは困難でしした。
しばらく目を動かしていたタッシールは
すぐにぎこちなく笑うと、
これは、どうしたらいいのかと
呟きました。
ラティルは「何を?」と尋ねると
タッシールは
いいえ、いいえ、違います。
と答えました。
ラティルは、何が違うのかと尋ねると
タッシールは首をこすり続けました。
ラティルは、彼が浮かれていることに
気づきました。
感情をコントロールできず、
手を休めない姿を見ると、
ラティルは漠然とした気分が去り
笑いを噴き出しました。
ラティルは、
そんなに嬉しいのかと尋ねました。
タッシールは、
自分の子がいればいいし、
いなければ、いないものだと
思っていたけれど、
いざ自分と皇帝の間に
子供ができるかもしれないと思うと
少し・・・変な気分になると答えて
にっこり笑いました。
そして、彼が手を下ろした瞬間、
ラティルは急に彼が
とても可愛らしく見えて戸惑いました。
その幻想のような衝動に
息もできないほどでした。
今度はラティルが首に手を上げて
ぎこちなく視線を
あちこち動かしました。
ラティルはこの瞬間、
どうかタッシールが
子供の父親であるようにと
心から願いました。
◇傷心、驚き、期待、衝撃◇
ラティルは、
今度の妊娠について
口外しないようにという指示を
出さなかったので、宮医は自然に、
皇帝の2番目の妊娠について
知らせたところ、
一日で宮殿全体が大騒ぎになりました。
皇帝が2人目の子を持てば、
地位がもっと強固になると思う。
どうしたらいいのかと、
レアンの腹心は心配しました。
彼は、
1番目の皇女に、
怪しくて恐ろしい才能が
あるからといって、
2番目までそうなるとは限らない。
たとえ1番目を攻撃するとしても、
2番目が普通に生まれたら、
1番目の皇女が享受するものを
2番目が享受することになるだけで
皇帝は損することはない。
少し厳しい手を
打つべきではないかと思いました。
レアンは腹心が
何を考えているのか気がつきました。
しかし、それは
レアンが望むやり方では
ありませんでした。
一方、アトラクシー公爵は
まだ皇女が落ち着いていないのに、
2番目が生まれたら・・・と
知らせを聞いてから
1分も座っていられませんでした。
見るに見かねた
アトラクシー公爵夫人は、
まだ実の父親が誰なのか
分からないし、2番目の子の父親も
ラナムンかもしれないので
少し落ち着くようにと宥めました。
それでも公爵は落ち着かず、
数日前の年末祭の時、
皇女とラナムンが
大変な苦境に陥るところだった。
それなのに、2人目が生まれたら
プレラが
困ることになるのではないかと
心配しました。
公爵夫人は、
皇帝が直接、プレラを護ってくれたし
自分たちの孫娘は
他の人より優れた子だと
言いましたが、彼女も、皇帝が
皇女を気に入っていないという
噂についてよく知っていました。
一方、ロルド宰相は
直ちにゲスターに人を送って、
子供の父親が誰なのか、
ゲスターも可能性があるのかを
尋ねて来ました。
当然、ゲスターは
自分が子供の実父である可能性が
ないことを知っていました。
ゲスターは、父親の手紙を
引き出しの中に突っ込み、
カードをいじくり回しました。
子供の実父が誰なのか、
ゲスターの方が気になっていました。
一方、子供を持つことができない
カルレインは、苦々しい思いで
血の中に酒を入れて飲みました。
ギルゴールは木を植えていましたが
突然全てのことが面倒になり、
ザイオールを呼んで踊りました。
ザイシンは、また百花に
小言を言われました。
しかし、彼らのすべての傷心と驚き、
期待を合わせても、
サーナット卿が受けた衝撃に比べれば
取るに足らないものでした。
◇3か月なら・・・◇
騒々しく入って来た近衛騎士は、
皇帝が2番目の子を妊娠したそうだと
嬉しそうにサーナット卿に
伝えましたが、彼の表情が、
笑っているのか、眉を顰めているのか
見分けがつかないほど
とても奇妙だったので
口をつぐみました。
サーナット卿と皇帝の関係を
知っているソスラン卿は
同僚に向かって
首を素早く横に振りました。
ソスラン卿は、
皇帝が他の男と子供を作ったので、
サーナット卿の気持ちが
歪んでいると思いました。
しかし、サーナット卿が
慌てた理由は全く違いました。
3ヶ月なら・・・
普段、サーナット卿は
ラティルのそばに長く留まるために、
交代する時間が来ても交代をせずに
部下を他の所へ
送ったりしていました。
しかし、今日は、
更衣室のベンチに座って
ぼーっとしていました。
サーナット卿は、たった一度、
2人が愛を分かち合った時期を
思い出しました。
3か月なら、
自分も子供の父親である可能性が
あると思いました。
サーナット卿は、
自分の手に余る感情に耐えられず、
浴室に入って、 冷たい水を
頭の上からかけましたが、
興奮は収まりませんでした。
サーナット卿は、できるだけ理性的で
現実的な考えをしようとしました。
もしも、子供が彼の子供だったら
どうなるのか。
サーナット卿は、皇帝のために
彼女の外側に残ることにしました。
彼女を愛していないからではなく
彼女を愛していたからでした。
しかし、子供が彼の子供なら・・・
サーナット卿は、
ラティルと話そうと思い、
素早く服を着替えて
外に飛び出しました。
彼の部下たちは、
真冬なのに、サーナット卿が
シャツ一枚と薄いズボン姿で
走って行く姿を見て
慌てて叫びましたが、
サーナット卿は後ろも振り向かずに、
執務室に駆けつけました。
◇計画の見直し◇
執務室に運ばれてくるおやつから
再び、コーヒーがすべて消えたので、
ラティルは、香りはいいけれど、
味は苦い果物のお茶を手にしながら
コーヒーを探しました。
その時、後ろに立っていた
近衛騎士団の副団長が
しばらく外に出た後、戻って来ると
サーナット卿が
ラティルに会いたがっていることを
伝えました。
ラティルは、
思わず入ってくるようにと
言いかけましたが、
許可を下す前に、
口を固く閉ざしました。
ラティルは、
サーナット卿が訪ねて来たのは、
子供の話を聞いたからだと、
すぐさま推測しました。
子供の話は、
宮廷中に広まったので、
彼も子供が3ヶ月くらいだということを
聞いたはず。
当然、自分が
子供の父親かもしれないと
思ったのだろうと推測しました。
もしも、サーナット卿が
誓約式のための礼服を
自分の手で燃やさなかったら
ラティルは喜んでサーナット卿にも
知らせたはずでした。
しかし、 ラティルは
その日のことを話したくなかったので
忙しいことを理由に断りました。
副団長は、ラティルが少し前まで
コーヒーを探していたことを
知っていましたが、
ラティルは知らないふりをして
書類を見下ろしました。
副団長は反論できずに
出て行きました。
ラティルはペンを握る手に
さらに力を入れましたが、
サーナット卿が来たと聞いて
すでに集中力は消えた後でした。
ラティルは先程とは違う理由で
まともに働くことができませんでした。
見るに見かねた侍従長は
皇帝は妊娠初期で大変なので、
寝室に執務室を移した方が
いいのではないかと
心配そうに尋ねるほどでした。
しかしラティルは
大丈夫だと答えると、
再び書類に集中しようと努めました。
そのようにして
辛うじて15分程度、耐えた頃
これ以上は無理だと思い、
ラティルはサーナット卿を
呼ぼうとしました。
しかし、ラティルが口を開く前に、
侍従がタッシールの来訪を
告げに来ました。
ラティルはタッシールの入室許可を
素早く出しました。
すぐに扉が開き、
タッシールが入って来ました。
彼は、
まだ興奮冷めやらぬ様子でした。
その華やかな笑みを見ると、
ラティルも先ほどの
ジメジメした感情が
少しずつ消え始めました。
しかし、タッシールが、
サーナット卿が、
門の前の石像のように
立っているけれど、
何かあったのか。
表情が良くなかったと聞くと、
彼女の口元は再び下がりました。
ラティルは、
いいから、ほっといて。
と言うと、タッシールに
腕を広げるよう指示しました。
タッシールは
笑顔でラティルに近づくと
またサーナット卿と
喧嘩したようだと指摘した後、
ラティルの頭を自分のお腹に
もたせかけました。
彼女は、
タッシールのお腹に額を当てて
深呼吸すると、
昔から定期的に喧嘩していると
返事をしました。
タッシールは、
それも2人の仲が良い証拠だと
言うと、ラティルは
羨ましいのかと尋ねました。
タッシールは、
ただ慰めの言葉を言ってみただけだと
囁くと、
ラティルは自然と笑いました。
侍従が背もたれのない椅子を
持って来て、
ラティルのそばに置いた後、
退きました。
2人きりになると、ラティルは
もっと落ち着いて
タッシールを見ました。
それから、彼女は、
娘と息子のどちらが好きかと
尋ねました。
タッシールは、
どちらでも違いはないと答えると、
ラティルは、
それでも、どちらか選ぶとしたらと
食い下がりました、
ラティルは
タッシールの返事を期待して
目を輝かせました。
タッシールは、
本当に、そんなことは
考えていなかったかのように、
自分の両親には息子しかいないので
女の子を欲しがるかもしれないと
答えました。
タッシール自身は、どちらがいいかと
ラティルが尋ねると、
彼は、自分が選べば
意見が反映されるのかと
逆に質問しました。
ラティルは、
自分も反映させられないと
答えると、我慢ができなくなって
笑いを爆発させました。
タッシールは、
それでは選ばない。
もしも、反対のことを言っているのを
赤ちゃんが聞いて、拗ねたら
ダメだからと答えると、
ラティルは彼の手を握りしめ、
くすくす笑い続けました。
ラティルは、
どうしてタッシールは
こんなにきれいな話をするのかと
感心しました。
タッシールはラティルの手を持ち上げ
大きな音がするほど
手の甲にキスすると
実は、ラティルが来た時に、
自分たちの計画を
もう一度、見直していたと
打ち明けました。
ラティルは
一緒にキスをしようとしましたが
目を丸くして、
何を見直すのかと聞き返すと、
タッシールは、
レアン皇子についての計画だと
答えました。
ラティルは、その理由を尋ねました。
タッシールは、
既存の計画は、
ロードの仲間たち全員の
自己防衛能力が優れているという
前提の下に立てたと話しました。
その話は、
以前にも聞いたことがあるので
ラティルは頷きました。
タッシールは、
2人目が生まれると
防衛能力のない存在が
2人になってしまう。
2番目はプレラ皇女のような能力が
全くないだろうから、
もっと弱くて脆くなるかもしれない。
だから、2人目が生まれる前に
仕事を終える覚悟で
速度を上げなければならないと
説明しました。
ラティルは、
速度を上げると、穴が多くなって
困るのではないかと
渋い顔で尋ねました。
タッシールは、
たとえ穴が多くなっても、
皇女1人にさえ、
レアンが随時攻撃してくるのに
2人になると、さらに困ると
とても慎重そうな顔で答えました。
ラティルは、真剣に頷きました。
それにしても、タッシールが
こんなにすぐに
駆けつけて来るところを見ると、
彼は、2番目の子供が、
自分の子供かもしれないというのが
とても嬉しいみたいだと思いました。
タッシールが、
あんなに喜んでいる姿を見ると、
もしも、彼の子供でなかったら
どうしようと、
ラティルは訳もなく焦りました。
しかし、ラティルは、
タッシールの子供ではない
可能性についても彼に話している。
彼は知っていて、
あのようにしていると
必死で自分に言い聞かせて、40分ほど
タッシールと話を続けました。
タッシールは、
ラティルの頬にキスをして
出て行きました。
その時、開かれた扉の向こうに、
いまだにサーナット卿が、
ぽつんと立っているのを発見し、
ラティルは机の角を掴みました。
自分が父親かもしれないと
思った時の、
タッシールの喜びようを
見ていると、
こちらも嬉しくなり、
タッシールが父親であって欲しいと
心から願わずにはいられませんでした。
タッシールはプレラに対して
何の感情も抱いていないと
思っていましたが、
レアンに攻撃されたことで、
彼女と2番目の子供を
ロードの仲間とみなし、
計画を見直すなんて、
さすがだと思いました。
ゲスターが、
サーナット卿からラティルへの愛を
奪わなければ、時期が遅くなっても、
サーナット卿は、予定通り、
ラティルの側室に
なっていたでしょうから、
おそらく10月末の出来事は、
起こらなかったと思います。
そうなっていれば、
ラティルは妊娠しなかったかも
しれないので、
いくらゲスターが悔しがっても、
彼女の妊娠を招いたのは
半分は、彼の責任だと思います。
もっとも、ゲスターは
そんなことは、露ほども
思わないでしょうけれど。
子供の父親を知るために、
カードをいじくり回すなんて
暗すぎます。