157話 外伝4話 ビョルンはエルナがやきもきするのが好きだと言いました。
簡単ではないと、
エルナの棘のある声が
ワルツの旋律の中に染み込みました。
そして、イライラするのは、
むしろビョルンの方ではないかと
言い返しました。
彼は、
かなり勘が鋭いと返事をしました。
エルナは、会心の一撃だと思って
言った言葉でしたが、
ビョルンは平気で納得すると
ゆっくりと、白い手袋をはめた手を
エルナの前に差し出しました。
その仕草の意味を悟ったエルナは
「ダメです、ビョルン」と断り、
子供のように頭を振りました。
そして、飲み過ぎを口実に、
他の紳士たちのダンスの申し込みを
すべて断ったので、
ビョルンと踊れば嘘がばれてしまうと
話しました。
それから、エルナは
とても残念そうにパーティー会場を
眺めました。
海の夜を照らすシャンデリアの下で、
ビョルンとワルツを踊る姿を
想像すると、
余計なことをしてしまったと
後悔しました。
こうなると分かっていたら、
恥ずかしくても
我慢したのに。 そうすれば・・・
と落ち込んでいると、
ビョルンの「行きましょう」という
笑いのこもった低い声に、
エルナはハッとしました。
問い返すようにビョルンを見つめると
彼はエルナの後ろにある
パーティー会場のバルコニーに出る
扉を指差しました。
気軽に決められなくて、
躊躇っている間に
エルナに近づいて来たビョルンが
腰を抱きました。
エルナをバルコニーにエスコートする
彼の仕草は、
悪ふざけをする人とは思えないほど
優雅でゆったりとしていました。
思わずビョルンに従ったエルナは、
ふと怖くなって足を止めました。
きっと下品な噂が流れるだろうという
懸念と、仕方がないという期待感が
ごちゃ混ぜになっていました。
適正なラインを守れと
何度も自分に言い聞かせてみたけれど
心臓の鼓動は、すでに
正常の範囲を外れていました。
ギュッと閉じていた目を開けたエルナは
漠然とした気持ちに捕らわれて
敷居を越えました。
頭を上げると、
大海原を照らしている月が見えました。
やきもきしている夫と
一曲踊っていただけませんか?
奥様。
非現実的なほど
大きくて明るい満月の下で、
エルナの王子が手を差し出しました。
白い月をシャンデリアにし、
半分開いているガラス戸を通って来た
ワルツの旋律に乗り、風に乗り、
もしかしたら引力に負けた気持ちに
従ってエルナは踊りました。
エルナは、もはや不安そうな目で
パーティー会場をチラチラ見ることは
ありませんでした。
懸命に守ってきた適正ラインも
いつのまにか色褪せていました。
この男は、相変わらず悪いので、
一晩くらい、また悪い恋に落ちても
いいと思いました。
「愛している」という呪文が
心を守ってくれました。
エルナは赤く染まった顔に
恥ずかしそうな笑みを浮かべながら
「あのね、ビョルン」と
声をかけました。
彼は一段と柔らかくなった目で
妻に向き合いました。
エルナは、ビョルンが
思ったより恋愛が上手だと思うと、
まるで大きな秘密を
打ち明けるかのように
声を低くして囁きました。
ビョルンが「恋愛?」と
聞き返しました。
エルナは、
自分たちは恋愛中ではないか。
違っていますかと尋ねました。
丸く大きくなったエルナの瞳の中で
月明かりが揺れました。
あれは、下手な小細工だったと
あえて、その真実を伝える代わりに、
ビョルンは快く頷きました。
妻と恋愛をする間抜けな奴になるのも
それほど悪くはなさそうでした。
バーデン家に攻め入った時、
確かに、切迫した気持ちから
「恋愛しよう」という言葉を
投げかけたからでした。
恋愛は本当にいいものだと
無邪気に感嘆するエルナが
遠ざかりました。
そして、
これからもずっと恋愛をしようと
言って、 期待に満ちた目を輝かせる
エルナが近づいて来ました。
くだらないことを喋りながら、
エルナは水の上を歩くように
ワルツのステップを踏みました。
ビョルンは「うん」と、
今度も喜んで頷いてあげました。
そして、
「お望みならいくらでも」と言うと
エルナの背中に留まっていた
ビョルンの手が
再びエルナの肩を包み込みました。
子供のように明るく笑う
エルナの瞳の中に、
彼の世界が輝いていました。
彼のリードの下、エルナは
軽やかに美しく踊りました。
無意識に息を殺したビョルンは、
静かな目で妻を見つめました。
月明かりの下に立つと、
さらに白く見える肌、
とても小さな動きにも
波打つようにゆらゆら揺れる
ドレスの裾と、
そっと握ってくる小さな手
夢見るように彼を見つめる
澄んだ瞳が気に入りました。
女性とできる数多くの
楽しいことがあるのに、
あえてダンスという
退屈で複雑な形式を作り出した
作者たちの気持ちが
理解できそうな気がしました。
彼を見つめていたエルナが
「ビョルン」と名前を囁きました。
もう一度「ビョルン」と
歌うように口ずさみながら、
恥ずかしそうな笑みを浮かべました。
言いたいことがあるというよりは、
ただ自分なりのいたずらを
してみたいようでした。
ビョルンは遠くの空を見ました。
心の中を明らかに読まれているような
言葉のやり取りに乗せられている
自分の姿がおかしくて
笑いが溢れ出ました。
一体、誰が誰を揺さぶっているのか。
もう一度、自分を嘲笑っている瞬間、
再び自分の名前を呼ぶ声が
聞こえて来ました。
思わず視線を落としたビョルンは、
ビクッとして眉を顰めました。
ワルツのステップに逆らって
近づいて来たエルナが、
両腕を伸ばして彼の首筋に
抱きつきました。
甘くて柔らかい体の匂いと体温が
澄んだ笑い声とともに
伝わって来ました。
彼がリードしていた
ダンスのバランスが崩れました。
エルナは少し緊張した様子で
ビョルンの顔色を見ました。
幸い彼は、ため息をつきながら
エルナを抱きしめました。
完璧なワルツを踊っていた大公夫妻が
互いを抱き締めて、
乱れたステップを踏む
バカな恋人同士になると、
エルナは、それが少しおかしくて、
クスクス笑いました。
ビョルンはエルナの耳元で
言行には慎重を期さなければと
低い声で囁きました。
エルナはビクッとして顔を上げると、
灰色の瞳が見えました。
エルナがこんなことをすれば
パーティーのようなものは放って
寝室に戻りたくなると言うと、
エルナの視線を捉えたビョルンの唇に
笑みが浮かびました。
慌てて目を瞬かせていたエルナは、
まず頭を下げました。
しかし、依然として
ビョルンの懐の中にいるので、
逃げ道はなさそうでした。
どうしていいか
分からなくなったエルナは、
真っ赤になった顔を上げて、
再びビョルンに向き合いました。
みだりがわしい言葉を
囁いた男らしくなく、
礼儀正しく頭を下げている
ビョルンの後ろで、
より大きく明るくなった月が
輝いていました。
狼の月が昇りました。
あの狼の月は、
月に魅惑された狼が
悪い子をガブッと噛みに行けるよう
悪い子を照らす。
満月の夜になると、
祖母が聞かせてくれた話が
ふと思い浮かびました。
声を低くして、ひそひそ語る
その話が、とても怖くて
エルナは急いでパジャマに着替え
ベッドに忍び込んだものでした。
祖母が「いい子だね」と
褒めてくれるのを聞くと
ようやく安心できました。
鮮明に聞こえてくる狼の鳴き声も、
もう怖くありませんでした。
狼の月を避けることができる
良い子になったから、
今夜もいい子になろうと、
エルナは、ぼんやり考えましたが
震える唇は、
「実は・・・私もそうです」と
全く違う言葉を出しました。
おそらく、これは
引力と斥力の魔法を使う月が
犯したことで
エルナは無実でした。
扉が開き、再び閉まる音が
相次いで船室に響き渡り、
その音が止んだ時、エルナは、
ベッドの上に放り出されていました。
天井を向いたまま、
何度も瞬きしている間に、
ビョルンの顔が
目の前に広がりました。
エルナは不安そうな目で
桟橋を見ました。月の光が
海に反射しているせいなのか。
あらかじめメイドたちが、
ランプを一つだけ
灯してくれていたけれど
寝室が明る過ぎました。
自分の妃は
とてものんびりしていると言うと
ビョルンは、
ジャケットとネクタイを
無造作に放り出し、
エルナの顔をつかみました。
それに気づいた時、
エルナはすでにビョルンと
目を合わせていました。
「プライドが傷つく」と
ひねくれたように笑いながら
口にした言葉が冗談ではないことは、
その後、始まった
荒々しいキスで証明されました。
生きたまま、食べられそうなキスが
続く間、大きくて熱い手が
ドレスを引っ張りました。
複雑な結び目や、
隠れているボタンが現れる時は、
噛んで吐き出すような罵声が
腫れたエルナの唇の上で砕けました。
ビョルンは「残りは少し後で」と言うと
引きちぎった小さなボタンを
神経質に投げながら
立ち上がりました。
エルナは緊張した目を瞬かせながら
肩をすくめました。
腰まで下げられたドレスが、
息を吸う度に揺れる胸を
さらに際立たせました。
ビョルンは
「大丈夫?」と尋ねると、
やや無情な印象を与えるほど
淡々とした顔でエルナを見下ろし
スカートの裾をまくり上げました。
驚いたエルナは
体をバタつかせましたが、
彼の腕力に耐えるには力不足でした。
まだ身につけたままの下着を見た
ビョルンの口元がそっと上がりました。
彼は「大丈夫」と言うと、
エルナの顔に視線を移しました。
後になって、
その言葉の意味を理解したエルナが
唖然としている間に、
湿った下着が取り除かれました。
大きく開いた両足の間に
顔を下ろしたビョルンは、
遅滞なく自分の目的を
追い始めました。
悪い子を探す執拗な月明かりの下で、
エルナは泣き声のような
うめき声を上げながら
身をよじりました。
息がうまくできませんでした。
エルナは彼を何度も呼び、
すすり泣き、
罠ににかかった動物のように
喘ぎました。
細かく震えていた体が
力なく、ぐったりすると
ビョルンは、ようやく
ゆっくりと頭を上げました。
エルナは、
めちゃくちゃに散らかっている
ドレスに囲まれて、
速い息を吐いていました。
まるで、大きな花の中に
横たわっているようでした。
半ば流れ落ちた
シルクのストッキングを
遡ったビョルンの視線は、
びしょ濡れになって輝く
両足の間で
しばらく止まりました。
当惑したエルナが身をすくめると、
ガーターのフリルとリボンが
揺れました。
かなり刺激的な楽しみを与える
光景でしたが、それを楽しむ余裕は
残っていませんでした。
ビョルンは、
簡単に再び開いた足の間に入ると
ベルトのバックルを外しました。
今更ながら恥ずかしがる
エルナの微弱な抵抗は
すぐに制圧されました。
細い両足を、
自分の肩にかけたビョルンは
一気に奥まで押し込みました。
同時に溢れ出た2人の嘆息が
寝室の寂寞を揺さぶりました。
エルナは焦点がうまく合わない
朦朧とした目を上げて、
自分を揺さぶっている
ビョルンを眺めました。
彼は、シャツのボタンを
いくつか外しただけでした。
そんな男の下で、めちゃくちゃに
乱れているという羞恥心と、
まさにそんな男を狂わせているという
妙な恍惚感が入り乱れました。
ビョルンは「我慢して」と言って、
腰をひねりながら、もがくエルナを
押さえつけて、
低いため息をつきました。
頬と唇へのキスは、
荒々しく突っ込む仕草とは裏腹に
優しいものでした。
「あなたが誘った」と
いやらしい味のする唇が
下品な言葉を囁きました。
悪い子は狼の首を抱きしめることで
代わりに返事をしました。
エルナがシュベリンに戻ってから
きっと2人は、何度も何度も、
ベッドを共にしたでしょうけれど
今回のは、これまでになく
激しかったのではないかと・・・
本編の後半は
息詰まるような展開が続いて、
とても辛かったので、
赤面するようなシーンの連続でも
安心して読んでいられます。
作者様が
露骨な表現をされていなくて幸いです。
前話でビョルンが覚えた妙な異質感。
エルナが、人の目を気にするあまり
意に反したことをしたり
無理をしていることが
気になっていたのだとしたら、
狼の月のおかげでエルナは
悪い子になり、
適正なラインを越えたので、
ビョルンの異質感が
少し解消されるといいなと
思います。
ところで、
クルーズ船は航海中だと思ったのですが
桟橋が出て来たので、どこかの港に
停泊しているようですね。
今回の狼と月の画像も
生成AIで作ってみました。