877話 ゲスターは白魔術師を呼んでとタッシールに頼みました。
◇イタチへの頼み◇
タッシールが白魔術師に連絡した後、
彼が来るのを待っている間、
メラディムは、
白魔術師がゲスターを
助けてくれるなら、
自分は湖に行って卵の世話をする。
しかし、白魔術師が
ゲスターを助けてくれないなら、
自分もロードを探すのを手伝うと
提案しました。
しかし、ゲスターは、
何を言っているのか。
白魔術師が来ようが来まいが、
メラディムも一緒に
行かなければならないと、
メラディムの提案を
きっぱり拒否しました。
メラディムは、
それは、あまりにも
非効率ではないかと
嫌そうに聞き返しましたが、
ゲスターは首を横に振り、
非効率でも、
皇帝が安全な方向に動くべきだと
主張しました。
しかし、メラディムは、
どうせトンネルモンスターは
ロードの命を奪えない。
とても長い間、
閉じ込めておくことは
できるけれどと反論すると、
ゲスターは、
血が一滴も混じっていない人魚を
皇帝は育ててくれると言ったのに
こんな風に出るのかと抗議すると
メラディムは、
うーん。それもそうか。
と返事をしました。
メラディムとゲスターの口論が
深刻な雰囲気に入る前に、
タッシールが白いイタチを
一匹抱いて現れました。
二人は話すのを止めて、
そちらを見ました。
イタチは、自分が本当に
平凡なイタチでもあるかのように
尻尾をちょこまか振りながら
だらりと垂れたタオルのように
タッシールの腕に抱かれていました。
あれか?
とメラディムが尋ねるや否や、
ゲスターはソファーから
タッシールの目の前に移動し、
イタチの首根っこ掴みました。
それでもイタチは、
もう死にましたとばかりに、
だらりとしたまま
びくともしませんでした。
しかし、ゲスターは、
そんなことにはお構いなしに、
イタチを持ち上げて
自分と目を合わせながら、
あなたは、これから
皇帝陛下を助けに行くんですよ・・・
と告げました。
イタチは黒くてかわいい目を
パチパチさせました。
ゲスターは、
皇帝はトンネルモンスターの穴に
閉じ込められている。
それよりも、もっと厄介な、
自分の穴からタッシールを
連れ出すことができた白魔術師なら
皇帝を助け出すことができると
言いました。
それでもイタチは知らないふりをして
尻尾を振りました。
しかし、ゲスターは、
これが普通のイタチなら、
すでに自分の顔を引っ掻いてでも
逃げていたに違いないことを
知っていました。
イタチは耐えられるだけ耐えても
ゲスターが騙されないと分かると、
結局、元の姿に戻り、
なぜ、自分が
そうしなければならないのか。
自分に何の利益があるのかと
不愛想に叫びました。
ゲスターは、
自分の手にかかって
死ぬことはないだろうと
言おうとしました。
しかし、ゲスターが脅す前に、
それを察したタッシールは、
皇帝は恩怨がはっきりしているので
イタチ様が
陛下を助けてくださるなら、
陛下はイタチ様が
レアンのお手伝いをしたことを
許してくださると思うと話しました。
白魔術師は目を細め、
タッシールとゲスターと
メラディムを交互に見ました。
しばらくして、彼は
できるだけゲスターから
遠いソファーに座りながら、
それならば、自分の未来のために
皇帝を探すのを手伝ってやる。
しかし、自分だからといって
すぐに見つかるわけではないと
話しました。
タッシールは、
前は、すぐに自分を
見つけられたのではなかったかと
尋ねました。
白魔術師は、
あの時は、最初から
タッシールを追いかけていたから、
すぐに見つけることができた。
しかし、今はそうではないと
答えると、ゲスターは白魔術師の前に
地図を広げました。
地図には、
アニャと百花が消えた位置。
ラティルとラナムンが消えた位置。
ゲスターが
トンネルモンスターに騙されて
追いかけた、偽の力の軌跡が
表示されていました。
タッシールは、
その軌跡をつなぐ
くねくねとした図形を描くと、
この中の
どこかにいるのでしょうけれど
範囲が広いと呟きました。
メラディムは、
目をパチパチさせながら
皇帝が問題ではなく、
人間の体のラナムンの方が
問題だと思う。
彼は、何日間この中で耐えられるのかと
ゲスターに尋ねました。
◇水がない◇
ラティルは
ラナムンに抱かれて移動する途中、
自分でも知らないうちに
うっかり眠ってしまいました。
目を覚ましたラティルは、
ここはどこ?
と尋ねると、
周りをきょろきょろ見回して
腕に力を入れてみました。
まだズキズキしていましたが、
眠る前よりは
随分、動きやすくなっていました。
ラナムンは、
ずっと歩いていると答えると、
ラティルを地面に降ろしました。
彼女は彼の肩をつかんで立ち上がると
ラナムンの
血の気がなく青ざめた顔を見て
驚きました。
ラティルは、
ラナムンに大丈夫かと尋ねると、
彼は、水を飲まなければならないと
答えました。
ラティルは、
突然、水を飲むと言われたことに
戸惑い、「水?」と問い返しました。
しかし、すぐに彼の状況に気づき、
自分を抱いて歩いていたせいで
今まで、水を飲めなかったのかと
尋ねました。
ラナムンは、
ラティルが眠っていたので、
下ろすことができなかったと
答えました。
ラティルは、危急な状況にある時、
柔らかくてふわふわの布団を
探す人ではありませんでした。
カルレインと一緒に、
カリセンへ逃走していた時は
洞窟で寝たこともありました。
ラティルは、
ラナムンの過度な配慮に
胸が熱くなってきました。
カバンを開けるラナムンの手が
ブルブル震えていると、
ラティルの心はさらに重くなりました。
ラティルは、
普段の自分なら、
思わず眠ってしまうことはないのにと
嘆くと、ラナムンは、
怪我がひどいので、
体が勝手に睡眠状態に
入ったのではないかと答えました。
ラティルは、
そうかもしれないと
答えようとしましたが、
カバンの中に手を入れた
ラナムンの表情が、突然固まると、
つられて驚いて
どうしたのかと尋ねました。
中に・・・確かに、水筒を・・・
入れて来たのに・・・
ラナムンは、どれだけ驚いたのか
ゲスターと同じくらい
ゆっくりと話しました。
なくなったの?
ラティルは息詰まる思いだったので
結論から、先に聞きました。
この穴の中に入ると
物が消えたりするのだろうかと
考えていると、
ラナムンは返事の代わりに
カバンの中から
何かを取り出して持ち上げました。
クリーミー?!
カバンの中から出てきたのは
◇意外な人物◇
まあ、自分だけ除け者にして
行くみたいだったし、
一緒に行こうと
誘われもしなかったので
そのまま付いて来たと、
クリーミーはラティルの膝に座って
堂々と事情を説明しました。
その事情というのが
クリーミーだけの事情であり、
他人が理解できる
事情ではないということが
問題でしたが、
クリーミーは堂々としていました。
クリーミーは、
ロードのことが心配だったし、
自分の力が
必要かもしれなかったからと
話すと、ラティルは、
クリーミーの口元の毛についた
お菓子のカスを
じろじろ見下ろしました。
クリーミー本人は、
自分の口元の状態について
知らない様子でした。
幸いなのは、ラティルも
水を持ってきたという点でした。
ラティルは、自分のカバンから
水を取り出し、ラナムンに渡しました。
ラナムンはラティルに
先に飲むよう勧めましたが、
ラティルは、
自分は大丈夫なので、
ラナムンが飲むよう勧めました。
ラナムンは黙って水を受け取って
飲みました。
ラティルは彼の喉が動くのを見て
心配そうに眉を顰めました。
ラナムンは大丈夫だろうか。
彼は怪物の体ではないので、
適時、食事や水を取れなかったら
危険だと思う。
自分は、
飢え死にすることはないだろうから、
何とか出られるはずだけれど、
ラナムンは、砂の上に落ちて
怪我が少なかったからといって
安心できない。
ラティルはカバンの口を
閉め直しながら
ラナムンのことを心配しました。
眠る前は、手足が折れるような痛みに
気を取られて、
ここまで悩まなかったけれど、
水筒が消え、ラナムンの顔色が
青白くなったのを見て
心配になりました。
ラナムンは、
今にも倒れそうな様子で
陛下、おぶってあげましょう。
と言いましたが、
ラティルは首を横に振り、
クリーミーを抱きしめながら、
自分は一眠りしたから大丈夫だと
返事をしました。
そして、自分がラナムンを
背負って行かなければ
ならないようだという言葉を
辛うじて飲み込みました。
すでに一度、彼は、
自分が付いて来るべきではなかったと
自責していたので
ここで下手なことをすれば、
ラナムンの繊細なプライドが
傷つくと思いました。
ラナムンは唇を震わせていましたが
意地を張らずに先に歩き始めました。
ラティルは、
ラナムンの後を追いかけながら、
クリーミーに、
ここから出る方法を知っているかと
尋ねました。
クリーミーは、
ずっと寝ていたと答えました。
ラティルは、
知らないんだよね?
と尋ねると、クリーミーは
「うん」と答えました。
ラティルは、
この中で結界を張ったら
どうなるのかと尋ねました。
するとクリーミーは、
ラティルの腕を
両手でぎゅっと握って何かをすると、
周囲に半透明の膜ができました。
するとラナムンが後ろを振り向いて
陛下?
と、キョロキョロしました。
彼には、
ラティルが見えないようでした。
陛下?
彼が再びラティルを探すと、
ラティルはため息をつき、
結界を解いてと頼みました。
クリーミーが結界を解くと、
ラティルとクリーミーの姿が
再び現れました。
ラナムンは、ほっとして
再び歩き始めました。
ところが、それから間もなく、
果てしなく続く一直線の道に
徐々に疲れつつあるラナムンが
突然、
ああ。
と言って立ち止まりました。
後ろからついて来たラティルは
すぐ前に行き、
どうしたの?大丈夫?
どこか痛いの?
と尋ねました。
ラナムンは、
思い出したと答えました。
ラティルは、
もしかして、この怪物の弱点を
思い出したのかと、尋ねると、
ラナムンは頷きました。
それは何?
ラティルは嬉しくなって
聞き返しました。
しかし、ラナムンの表情は
しばらく明るくなっただけで
またもや曇って来ました。
ラティルは不安になりながら
それは何なのかと尋ねました。
ラナムンは「火」と答えました。
ラティルは辺りを見回し、
ラナムンの表情が
なぜ曇っているのか気づきました。
四方は砂と石だけなので、
ここで、火を作ることは
できませんでした。
ラティルはクリーミーを見ました。
クリーミーは、
自分もできないと返事をし、
首を横に振りました。
ため息をついたラティルは、
まだ歩き続けようとするラナムンに
ちょっと待って。
と言いました。
ラナムンが近づいて来ると、
ラティルは彼に座るようにと言って
自分の腰から
シャベルを取り出しました。
ラナムンはラティルに、
それで何をするつもりなのかと
尋ねました。
ラティルは、
抜け出す方法が火だけなら、
いくら歩いても
抜け出せないということだ。
そうすると、これから、
ここで歩き続けても、
体力が消耗するだけだと
返事をすると、シャベルの半分を
壁に打ち込みました。
シャベルがすっと入ると、
洞窟全体に小さな振動が起きました。
ラティルは片足を壁にかけ、
シャベルを引き抜きながら、
自分がシャベルで掘るのが
良いと思うと答えました。
ラナムンは、
それでも、行ってみた方が
良いのではないかと主張しました。
ラティルは、
自分一人で来たのなら、
シャベルで掘る前に、とりあえず、
歩き回ってみただろうと
思いました。
しかし、ラティルは、
飢え死にするかもしれない
ラナムンをそばに置きながら、
どうしても、
そうすることができませんでした。
ラティルは、
自分は一眠りしたので、
ラナムンは少し休むようにと言うと
クリーミーに、
ラナムンが寒いから
隣で一緒に寝てと指示しました。
クリーミーは「えっ?」と驚き
ラナムンは「嫌です」と
反対しましたが、
ラティルは知らんぷりして、
再びシャベルを持ち上げました。
ところが、しばらく何度も
シャベルで壁を掘っていた時、
ロード?ロード?
私の声が聞こえたら答えなさい。
ロード?
と、微かにメラディムの声が
聞こえて来ました。
彼は大声で叫んでいるようでしたが
ラティルには小さく聞こえました。
聞いた?
ラティルが振り返りながら尋ねると、
ラナムンの膝に座っていたクリーミーが
ちょろちょろ横に近づいて来て
自分も聞いたと叫びました。
ラティルは何度か
シャベルで掘り起こした穴に向かって
メラディムを呼びました。
返事は、
すぐには返って来ませんでした。
聞こえなかったのだろうか。
それとも幻聴だったのだろうか。
待っているうちに、
ラティルは疲れて来て、
またシャベルを持ち上げる頃、
位置を確認したいので、
一番中心に行け!
と、再び、メラディムの声が
聞こえて来ました。
先程より、
聞き取りやすかったものの
中心がどこにあるか
分からなかったので、ラティルは、
中心はどこなのかと尋ねました。
メラディムは、
それは中にいるロードが分かると
答えました。
ラティルは、
ここは、ただの果てしない通路だと
告げると、メラディムは
中心があるはずなので、
よく探してみるように。
中心に行って呼んでくれれば、
イタチがそこへ行くと言った。
少しだけしか
行って来られないので、
必ず中心で呼ばなければならないと
話しました。
ラティルは、
だから中心がどこなのかと
再度尋ねましたが、
その後は返事がありませんでした。
ラティルは
何度かメラディムを呼びましたが
喉が痛くなって止めました。
自分たちが最初に到着した所が
中心なのだろうかと、
ラナムンが横に近づいて来て
尋ねました。
ラティルは、
そうなのだろうか。
それでは、来た道を、
また戻ればいいのだろうかと
自信なさそうに言いながらも
すでにクリーミーを抱えていました。
ところが、2人が方向を変えて
戻ろうとした時、
彼らが元々行こうとしていた方向から
誰かが争っている声が
聞こえて来ました。
ラティルはラナムンを見ました。
彼は、
先に、行方不明になった
人たちだろうかと呟きました。
ラティルは、
「どうしよう」と言って、
カバンの中にある水筒と
食べ物の数を数えながら、
ちょっと声がする方へ
行ってくることができるだろうかと
考えました。
ラティルは、
道がいくつかに
分かれているわけではないので、
とりあえず声のする方に行ってみよう。
先に行方不明になった人たちを
探して連れて行くことができるからと
言うと、シャベルを壁に当て、
それから印をつけながら
声がする方向に歩いて行きました。
ところが、
どれくらい歩いたのか。
洞窟の中に意外な人が立っていました。
ラティルは驚いて立ち止まりました。
プレラ? なぜ、あなたがここに・・・?
白魔術師は、
自分の得になるためなら、
誰の味方をしようが関係ないという
スタンスなのでしょう。
それを見抜いて
白魔術師のプライドを
傷つけることなく、
白魔術師が快く承知するよう
誘導したタッシール。
そして、
やや命令口調ながらも
ラティルのためにプライドを捨て、
白魔術師に頼みごとをした
ゲスター(アウエル・キクレンかな?)
2人とも、良い仕事をしたと思います。
水もお菓子も、
全部?食べられてしまったのは
困るけれど、
クリーミーの勝手な言い訳と
口元に付いたお菓子を見て、
ラティルは
怒るに怒れなかったのでは
ないかと思いました。