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881話 プレラの放った刃は議長に刺さりました。
◇怒らないの?◇
まもなく議長の口元に
ひねくれた笑みが
浮かび上がりました。
苦痛さえ感じていないようで
平然とした笑みでした。
その状態で、
彼は刃を抜くことなく、
両腕を広げて、
これ見える?
私はこれでも死なない。
とラティルに言いました。
ラティルは
眉間にしわを寄せました。
何を言っているのか。
彼が死なないことを
誰が知らないとでもいうのか。
ラティルは何も言わずに
プレラだけを抱き続けました。
プレラが、
なぜ議長を攻撃したのかは
分からないけれど、
彼がプレラに、
再び、戯言を言わないように
防がなければなりませんでした。
自分は
生まれ変わることもできないと
議長は呟きながら
ラティルをじっと見つめました。
しかし、ラティルが返事もしないと
彼は広げていた手を下ろし、
口元から笑みが消えました。
怒らないの?
ラティルはプレラのために
話すことができませんでした。
プレラがこの場にいなかったら、
休むことなく、議長に、
悪口を浴びせただろうと思いました。
ラティルの、
このやむを得ない沈黙のせいで、
議長は、さらに苛立ちを
募らせているようでした。
彼の表情はますます歪みました。
私たち3人は家族じゃないか。
議長が呟きました。
いつ自分たちが一緒に暮らして
あいつは家族だなどと言うのか。
ラティルは、
議長が何を言っているのか
理解できませんでした。
ラティルは、
プレラの耳を塞げば
悪口は聞こえないのではないかと
考えましたが、確信がなくて
沈黙し続けました。
ラティルがじっとしていると、
側室たちも沈黙を守りながら
じっとしていました。
議長が飛び掛かってくれば、
いつでも反撃する準備をしたまま
誰も微動だにしませんでした。
アリタル。
議長は目を半分閉じて呟きました。
彼は自分の言葉に
誰も返事をしなかったので
困惑しているようでした。
見るに見かねたシピサが
何か言おうとしましたが、
ギルゴールが腕をつかんで
引っ張りました。
シピサは唇をパクパクさせましたが
ギルゴールが目を奇異に輝かせると、
しぶしぶ口をつぐみました。
再び母親に手を出したら、
もう味方をしないと
議長に言ったことを
思い出したためでした。
あの時は、議長が本当に
妹たちと母親に
手を出すことを知らずに
言った言葉ではありましたが。
実に奇妙なことでした。
誰も口を開かずに一人だけを見つめ
その人の全身のあちこちに
刃だけが刺さっていました。
怒る人もいなかったし、
武器を抜く人もいませんでした。
沈黙の中、議長は
ただ一人で立っていました。
どれだけ、そうしていたのか。
議長の瞳が揺れて、背を向けました。
あいつがあのように
背を向けるはずがない。
ああやって外に出て、
また宮殿に怪物を放つのではないか。
ラティルは「おい、どこ行くんだ」と
声をかけて、
沈黙を破るところでした。
しかし、ふと目が合った
タッシールが
じっとしていろと合図をしたため、
口を開けたまま
言葉だけを止めました。
「なぜ?」と目で聞きましたが、
タッシールは、ただ首を
軽く振るだけでした。
訝しみながら、
とりあえず、じっとしていると、
議長が扉を開けて
何事もなく出て行きました。
扉が閉まる音がして
10秒程度が過ぎてから、
ようやくタッシールは
ため息を吐きながら
近づいて来ました。
タッシールが近づくと、
プレラは怯えたように
ビクッとしました。
しかし、ラティルが
ずっと子供を抱いて
背中を軽く叩くと、プレラは
ひとまず、じっとしていました。
ラティルは、
なぜ話すなと言ったのかと尋ねると
タッシールは、
いつもより小さな声で、
その反対を望んでいたようだからと
答えました。
ラティルが「反対?」と聞き返すと
タッシールは、
議長は皇帝に怒られたかったようだと
答えました。
ラティルは、
それは、どういうことなのか。
議長が変態だというのかと
聞き返すと、タッシールは、
自分も最初から
そう思っていたわけではないと
答えました。
タッシールは腕を組んで、
ずっと見ていた議長の表情の変化を
思い出しました。
議長は、
ラティルやロードの仲間たちが
何を言おうが、
自分の計画がどう覆されようが、
自分が負けても勝っても、
いつも、一様に
浮かれた姿を見せていました。
今日、彼の意図とは違い、
プレラがラティルではなく
自分を攻撃したにもかかわらず、
議長はしばらく驚いただけで、
それほど失望した様子でも
ありませんでした。
しかし、ラティルが
プレラのことを気にして
まともに話すことができず、
側室たちは
ラティルの意図を探るために
沈黙していると、議長の顔に
初めて不快感が現れました。
ラティルの沈黙が長くなるほど、
議長の浮かれた気持ちが
収まって行くのが
目に見えるほどでした。
彼のことなんて、
どうだっていい。
その時、これ以上、
我慢できなくなったラナムンが
プレラの元へ駆けつけ、
片膝を立てて子供と視線を合わせ、
プレラ。お父様を見なさい。
と言いました。
ラティルが、
しっかりプレラを抱き締めていた
手を緩めると、子供は
恐ろしい幽霊を確認するかのように
ラナムンの方をチラッと見ました。
ラナムンに怒られるのではないかと
恐れている姿からは、
本来のプレラらしい姿が見えました。
プレラ、お父様のことを
ずっと見ないの?
とラナムンが冷たく尋ねると、
プレラは、ようやく首を横に振り
涙を浮かべ始めました。
ラティルが子供を放すと、
プレラはラナムンに両腕を広げました。
ラナムンは子供を抱き上げました。
するとプレラは、堪えていた涙を
ようやく流し始めました。
記憶を取り戻したのに
相変わらず子供っぽいと
呟いていたクラインは、
ザイシンにわき腹を突かれました。
クラインはカッとなり
「何だよ」と抗議しましたが、
ザイシンは
クラインに黙れと合図して
首を横に振りました。
ラティルは、
プレラがずっと持っていた
薬瓶を持ち上げて振りながら、
シピサに、
元々、瓶に入っていた薬は
この程度なのかと尋ねました。
シピサは近づいて来て
薬瓶を持ち上げてみた後、
首を横に振りました。
シピサは、
瓶の形が違うので
確認することはできないけれど
以前、議長が自分にくれた瓶は
薬がぎっしり詰まっていたと
答えました。
それでは、プレラは、
薬を半分くらい飲んだんだと
ラティルとロードの仲間たちは
同時に考えましたが、
誰もその事実を口にしませんでした。
ラティルは、プレラが
アニャドミスの記憶を
全て思い出してもいいと思いましたが
すべて戻ってきたわけではないという
事実に、思わず安堵しました。
しかし、子供が
声を聞いているのではないかと思い、
自分の口を塞ぎました。
幸い、プレラは、
ラナムンの肩に顔を埋めて
泣いていたため、後ろから
ため息が聞こえなかったようでした。
代わりにラナムンが
ラティルの表情変化に気づき、
珍しく微笑みながら
首を横に振りました。
ラティルはぎこちなく微笑んだ後、
以前と変わった光景に気づき
目を丸くしました。
ラティルがシピサを呼ぶと、
薬瓶をじろじろ見ていた彼は
急いで薬瓶を起き、
どうしたのかと尋ねました。
ラティルは目で
先程、シピサが立っていた場所を
示しながら、
ギルゴールのことを尋ねました。
プレラを抱きしめながら議長を注視し
怒りを抑えるのに忙しかったけれど
あちらの扉の所に、
ギルゴールの顔2人が揃って
立っていたことを思い出しました。
ところが、シピサはここに来ていて、
ギルゴールの姿は見えませんでした。
ゲスターはクレリスといるだろうし、
ラナムン、ザイシン、タッシール、
メラディム、クラインはここにいる。
しかし、ギルゴールだけが
いませんでした。
あれ?
ずっと一緒にいたんですけれど?
ラティルに言われるまで
気づかなかったのか、
シピサも、キョロキョロと
見回しました。
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◇追いかける◇
ゲスターは、
ゆっくりではあるけれど、
自ら体を回復させる子供を
見下ろしながら、
ギルゴールが一人で静かに
扉の外に出るのを発見しました。
どこへ行くのかと
不思議に思いましたが。
彼に付いて行きたくなかった
ゲスターは、
窓越しに覗き込んでいるグリフィンに
付いて行くよう目配せしました。
グリフィンは、すぐに察すると
ギルゴールの後を
ちょこちょこ追いかけました。
ギルゴールが
あえてスピードを出さずに歩いたので
グリフィンは付いて行くのが
大変ではありませんでした。
彼が最初に立ち寄ったのは
温室でした。
グリフィンは後に続いて
温室に入ろうとしましたが、
ギルゴールが扉の中に入り
「鳥は出入り禁止」と呟くと、
その場で、立ち止まらなければ
なりませんでした。
グリフィンは温室の扉の前で
悪口を吐きながら、
ギルゴールが出て来るのを待ちました。
約40分後、
ようやく温室の扉が開きました。
ところが、外に出て来たギルゴールは
側室になる前に
いつも身に着けてつけていた槍を
背中にぶら下げていました。
そして、小さな手提げカバンを
一つ持っていて、
側室になる前によく着ていた
白い制服のコートを着ていました。
座っていたグリフィンは、
飛び起きながら
どこへ行くのかと尋ねました。
ギルゴールは笑顔で答えると
グリフィンの頭の上を
通り過ぎました。
グリフィンは
踏まれるのではないかと
反射的に首をすくめましたが、
彼の足が、
そのまま自分の上を通り過ぎると
素早く飛び上がって
ギルゴールの肩に座り、
どこへ行くのかと尋ねました。
ギルゴールは、
議長の所と答えました。
グリフィンは、
議長と戦うのかと尋ねると、
ギルゴールは
何をするのか付いて行こうと思うと
答えました。
グリフィンは
ギルゴールの言葉が理解できず、
後を付いて行って
戦うつもりなのかと
何度も何度も尋ねました。
議長とギルゴールの仲は、
非常に悪いので、
ギルゴールが議長に会って
やることは、戦いだけでした。
それは後で決めると、
ギルゴールは
冗談交じりに呟くと、
グリフィンの口をボタンを押すように
一度ギュツと押さえながら
笑いました。
やがて彼は、グリフィンに
お嬢さんにちゃんと伝えて。
分かった?
と囁きました。
話を終えたギルゴールは
グリフィンの嘴を再び軽く叩くと
グリフィンは
素早く飛び上がりました。
すると、ギルゴールは、
先程までゆっくり歩いていたのが
いたずらだったかのように、
あっという間に姿を消しました。
グリフィンは、同じ場所を
ぴょんぴょん飛んだ後、
一度、上に上って
下を見下ろしました。
ギルゴールは、すぐに宮殿の外に出て、
再びゆっくりと
大通りを歩いていました。
グリフィンは
宮殿とギルゴールを交互に見た後、
ギルゴールを追いかけました。
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◇議長への対策◇
それから数日後、
皆を心配させたクレリスは、
何事もなかったかのように
元気に目を覚ましました。
ラティルは、
クレリスのことが心配で、
どこか痛いところはないのかと
尋ねましたが、クレリスは
何が起こったのかも知らないように
ただ明るく笑っていて、
陛下!いつ来たの?
と尋ねました。
ラティルは、安心して
クレリスを抱き上げました。
ひとまず、彼女がシピサのように
いきなり成長してしまう心配は
なさそうでした。
クレリスが目覚める前日に
戻って来たサーナットは、
一睡もできず、子供が目覚めるや否や
急いで走って来ました。
そして、クレリスが
お父様!
と嬉しそうに叫ぶ前に、
クレリスを抱いたラティルごと
抱き締めてしまいました。
自分まで抱き締めてくれるのかと
ラティルは
クスクス笑いながら尋ねましたが、
サーナットは冗談を言う余力さえ
ありませんでした。
彼がメロシー領地に行って来た間に
起きたことについて聞いた時、
彼は本当に、その場で
心臓が止まるのではないかと
思ったからでした。
カルレインが当時のことを
説明してくれましたが、
サーナットが片時も
手をじっとさせないのを見て、
あの時、サーナットがいなくて
むしろ良かったと言いました。
サーナットもカルレインの言葉に
同意しました。
もしクレリスが大怪我をした時、
サーナットがその場にいて、
その犯人として、プレラが
疑われる状況だったとすれば、
彼は他の人たちのように
落ち着いて対応できなかったことが
明らかだったからでした。
サナットはラティルの腕を
休むことなく撫でましたが
クレリスが窮屈そうに体を捩ると
ようやく、
ラティルと子供を離しました。
彼女はクレリスを
サーナットに渡しました。
サーナットは子供を抱いて、
首と顔、小さな手の甲と手のひら、
腕に怪我をした跡がないか
念入りに調べました。
そして、
議長が退いたからといって、
終わりではない。
彼は皇帝の敵が生まれる度に、
そこに力を加えてやって来る。
今度は自分たちが先頭に立って
捕まえなければならないと
固い表情で言いました。
ラティルは眉を顰めながら
簡単ではないから問題だ。
議長の居場所だって分からない。
それでも、その問題を
議論しようとはしたと
返事をしました。
議長の最後の脅迫の種だった
プレラの記憶まで無駄になった今、
彼に、もっと使える
有効な武器があるかどうかは
分かりませんでした。
しかし、彼がいつも
予想できなかった方法で
攻撃して来たことを思い出すと
サーナットの言葉通り、
完全に安心することは困難でした。
ラティルは、
皆で相談しようとしても
何人かは席を外していると
言いました。
サーナットが、その数を尋ねると
ラティルは、
ザイシンは白魔術師と一緒に
行方不明の小隊員を探すために、
トンネルモンスターの中へ行った。
そして、
ギルゴールとグリフィンはいないと
答えました。
ラティルの表情が強張りました。
ギルゴールはシピサと一緒にいた後に
いなくなってから、
数日経っても、全く現れませんでした。
ゲスターが
「ギルゴールについて行け」と言って
送り出したグリフィンも
戻って来ていませんでした。
サーナットは
ラティルの心配そうな表情を見て
慎重に頬を撫でると、
元々、ギルゴールは
頻繁にいなくなっては現れるし、
自分たちがすることに
あまり参加もしないと言いました。
ラティルは
そうですが・・・
と返事をすると、サーナットは
3人は後で
合流してもらうことにし
ひとまず議長をどうするか
先に議論しても良いのではないかと
提案しました。
ラティルが「そうかな?」と
思った瞬間、
嘴が窓を叩く音がしました。
グリフィン!
ラティルが窓を開けると、
グリフィンは、さっと飛んで来て、
サーナットの頭の上に座りながら
その必要はないと叫びました。
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議長はラティルに怒られてでも
彼女と関わっていたかった。
けれども、ラティルが
ずっと黙っていたことで、
自分は、
いよいよ見捨てられたと思い
失望してしまったのでしょうか。
議長のやって来たことは
許されることではないけれど
死ぬこともできない、
生まれ変わることもできない
議長の悲哀を感じました。
プレラの放った刃が
クレリスに刺さったのを
ラナムンとサーナットが
直接、目撃していたら、2人は
戦っていたかもしれません。
カルレインの言う通り、
サーナットがメロシーに
出かけていたのは本当に幸いでした。
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