890話 自分がすべてやってあげると、ゲスターは言いましたが・・・
◇とりあえず帰ろう◇
どうしようかと、
ラティルは悩みました。
ゲスターが行けば、
ランスター伯爵はもちろん、
詐欺師同然のアウエルが
一緒に行くことになる。
黒魔術師たちが、
どんなに不満を口にしても、
彼らがアウエルを敬遠するのは
アウエルを無視しているのではなく
彼を怖がっているから。
だから、
あの三人一組が前に出れば、
確実に黒魔術師の規律を
正すことはできるけれど・・・
ラティルは悩んだ末に
ゲスターを捕まえて
少し待ってと言いました。
ゲスターは、もう少し
ラティルに寄り添いながら
簡単にできる方法があるのに
何をそんなに悩んでいるのかと
耳元で囁きました。
その密やかな声は、
まるで誘惑するように聞こえました。
ゲスターは
しばらく、そうしていましたが、
ラティルが返事をしないと
もしかしてタッシールのことが
気になるのかと尋ねました。
タッシール?
なぜ急にタッシールなの?
ああ、イタチがタッシールと
よく一緒にいるから?
と尋ねると、ゲスターは
「はい」と答えました。
そして、ラティルの耳元を
弄くり回しながら、
もの悲しそうな声で、
でもタッシール様とは
関係ないでしょう。
と付け加えました。
ラティルは、
ゲスターの言葉に同意し、自分も
グリフィンとレッサーパンダたちを
よく連れているけれど、
あの子たちが何を仕出かすのか、
何をしているのか全く分からないと
言いました。
しかし、それは、ゲスターが
望んだ答えではありませんでした。
ゲスターはラティルが、
思ったほどタッシールに
失望していないようなので、
少しイライラしました。
彼は、
どうやって白魔術師は、
自分の父のカバンに
こっそり入って来たのかと
話題を変えました。
そして、ゲスターは
ラティルの耳元から手を下ろすと
もしかして皇帝が
タッシール様とお別れする時に
すでに白魔術師は、
その場にいたのではないかと
再び、それとなく誘導しました。
うーん。そうかもしれない。
とラティルが言うと、
彼は期待の目でラティルを見ました。
しかし、ラティルは、
怒ったり失望したりする姿を
見せる代わりに、
にっこり笑って
ゲスターの手を握り、
とりあえず帰ろう。
と言いました。
◇頼れるのは自分だけ◇
ラティルは宮殿に戻るや否や
タッシールを訪ねました。
ゲスターはその姿を見て
少し不安になりましたが、
タッシールは、
黒魔術方面では、知っていることが
全くないということを
思い出して、自分を慰めました。
皇帝がタッシールに
どんな策略を求めたとしても、
今回、タッシールは、
役に立たないだろう。
また自分の所へ来て
助けを求めるだろうと思いました。
◇皇配にして良かった◇
皇帝がこの日、この時間に
自分を訪問することは、
タッシールにも
予想できなかったことでした。
業務をしていたタッシールは
ラティルが
執務室の中に入ってくると
びっくりして立ち上がりました。
タッシールは、
ラティルが何日間か出かけると
言ったのに、
数時間で戻って来たのかと尋ねると
ラティルは、
白魔術師が黒魔術師の村に
突然、飛び出して来て
仕事がめちゃくちゃになったと
答えました。
白魔術師様ですか?
タッシールは、
あちこち走り回っている
イタチを思い出して笑いました。
ラティルは、
笑い事ではないと抗議すると、
不機嫌そうに
近くのソファーに座りました。
どうしたのかと尋ねながら
タッシールがラティルに近づくと、
彼女は、タッシールの秘書全員を
外に出しました。
ヘイレンはコーヒーを運んで来ると
ラティルとタッシールに
一つずつ渡し、
自分は外に出ずに横に退きました。
ラティルもヘイレンには
出て行けと言いませんでした。
ラティルはコーヒーをすすりながら
状況を説明しました。
タッシールは、説明の合間合間に
笑いを噴き出しながら
話を聞いていましたが、
ラティルが話し終えると
さらに笑いました。
面白い?
その姿にラティルが
少し傷ついて尋ねると、
タッシールは、堂々と
それを認めました。
そして、
シナモンという黒魔術師の村の
副リーダーが
イタチの存在にすぐ気づいて
宰相のカバンから
取り出したというのが
おかしいと答えました。
ラティルが
えっ?
と聞き返すと、タッシールは
白魔術師を感知する能力は
ゲスター様より
その副リーダーである黒魔術師の方が
優れているようですね?
と意味深長に付け加えました。
ラティルは、
もう笑うのをやめろと
タッシールを
叱ろうとしていましたが
ギョッとしました。
タッシールは乾杯するように
コーヒーカップを持ち上げると、
しかし、
あまり心配する必要はない。
黒魔術師を利用するのは
そんなに難しいことではないからと
話しました。
ラティルは、
タッシールが今言った言葉が
微妙に気に障りました。
しかし、彼が、
自然に他の話題に移ると、
さらにその話をする代わりに、
黒魔術師たちは
アカデミーの特別教授をするのも
嫌だし、協力するのも嫌だし、
自分たちだけの協会を作るのも
嫌だと言っているのに
利用するのが難しくないと言うのかと
尋ねました。
タッシールは、
もちろんだと答えました。
ラティルは、
もしかしてタッシールも
力で押さえればいいと
思っているのかと尋ねました。
ヘイレンは、
それは皇帝の専門なのに、
どうして急に、
普段はそうではないかのように
話しているのかと思いながら
目を丸くしました。
タッシールは肩をすくめて
コーヒーカップを置くと、
楽だし、力で押さえる必要もない。
どんな方法であれ、黒魔術師が
一つの団体になることを
拒否するのが問題なのですよねと
尋ねました。
ラティルは、
そうだと答え、
白魔術師と同じ扱いをされるのも
嫌だと言っていると話すと
ため息をつきました。
ヘイレンは我慢できなくなり、
白魔術師のせいで気分を害して
拒否したのではないかと
口を挟みました。
ラティルは、
それも考えてみたけれど
違うかもしれないと答えました。
ヘイレンは、その理由を尋ねると
ラティルは、
基本的に黒魔術師は、
白魔術師だけでなく、
平凡な普通の人々に対しても
復讐心があるからと答えました。
黒魔術師と人々の関係は
悪循環に他なりませんでした。
ラティルの見たところ、
黒魔術師の創始者のアウエルではなく
ロードに従ったのも
その復讐心のためでした。
ラティルは、
このような状況で、タッシールは
黒魔術師たちを力で押さえずに
説得できると言うのかと
尋ねると、彼は頷き、
分裂していて、
合わせることができないのなら、
そのままにしておけばいいと
いつものように、
あっさり、提案しました。
その言葉に、
えっ?
とラティルが聞き返すと、
タッシールは、
あえて皇帝が乗り出して、
彼らの不満を聞く必要があるのかと
尋ねました。
そして、黒魔術師の村のリーダーは
他の人だけれど、
村を作ったのはゲスターだと
言っていましたよねと
確認しました。
ラティルが、そうだと答えると
タッシールは、
黒魔術師の村の人同士は
団結しているのかと尋ねました。
ラティルは、
そのように見えた。
最初のうちは、まだマシだったけれど
シナモンが、自分たちに
敵意を示し続けてたら、
他の人々も流される雰囲気だったと
答えました。
すると、タッシールは、
皇帝が他の黒魔術師たちに
手を出す必要はない。
必要な時は、いつでも
ゲスターを通じて、
その村に正式に依頼すればいい。
彼らが、
きちんと、やり遂げてくれれば
称賛し、恩恵を与え、
正当な代価を払い、
あちこちで宣伝しながら、
彼らが
「黒魔術師の代表」であるかのように
扱えばいいと話しました。
黒魔術師の代表ではない彼らを
黒魔術師の代表として
扱えと言うの?
ラティルは、気乗りしなさそうに
それは、違うのではないかと
反論しました。
タッシールは
「はい」と返事をすると、
その村人ではない黒魔術師と
黒魔術師の団体もそう思うだろうと
話しました。
すると、ヘイレンは
タッシールが
言おうとしていることに気づいて
何とまあ、若頭!
やはり、
卑劣な策略がお上手ですね!
と叫びました。
ラティルはまだ理解できず、
口を開けて
目をパチパチさせました。
それを見たタッシールは、
皇帝は良い人のようだと言って
笑い出すと、
ラティルは慌ててヘイレンを見て
タッシールは、今、
何の話をしているのかと尋ねました。
ヘイレンは、
黒魔術師の代表ではない村が
黒魔術師の代表として扱われれば
他の黒魔術師たちは2つの反応をする。
自分たちも、
その村に属したいと願う人々と・・・
説明すると、ラティルも理解し、
ソファーから立ち上がりました。
ラティルは、
不満を持つ黒魔術師たちが
出て来るけれど、
その黒魔術師たちは自分ではなく、
その村に
不満を抱くということだよね?
と確認しました。
タッシールは嬉しそうに笑うと
皇帝は明敏だと褒め、
皇帝は、もう見ているだけで大丈夫。
自分たちで不満を解決しているうちに
白魔術師協会のように
一つの団体になったり、あるいは、
いくつかの団体になったりと
後で結果が出て来るだろう。
いすれにせよ、
今よりは目に見える形になるし
数も減るだろう。
たとえ、その団体以外の
黒魔術師が問題を起こしても、
人々は、皇帝自身が
よく依頼する黒魔術師の村と
問題を起こした黒魔術師を
区別するだろうと説明しました。
口をポカンと開けて
タッシールを見ていたラティルは
心から感心しました。
あなたは本当に・・・
と呟いたラティルは、
頭の回転が良いと思いながら、
タッシールを皇配にして
本当に良かったと言いました。
そして、ラティルが
何度も拍手するふりをすると、
タッシールは高慢な笑みを浮かべて
唇を軽く叩き、
言葉だけですか?
と尋ねました。
ラティルが近づいてキスすると、
ヘイレンは、
夫婦の愛情行為が負担になって
外へ抜け出しました。
◇全て知っている◇
その後、
ラティルはゲスターを呼ぶと、
タッシールに、
今、彼が言ったことを
ゲスターにも聞かせてほしいと
頼みました。
タッシールは承知すると、
自分が一つ一つ丁寧に
説明すると言いました。
タッシールは、ラティルの指示通り
ゲスターに
親切な声で説明しましたが、
目が合う度に微妙に微笑みました。
その目は、ゲスターが
わざとインチキしたことを
全て知っていると物語っていました。
ゲスターは従順そうに笑って
頷きましたが、
すぐに気分が沈みました。
◇子供になるな◇
その後、ゲスターは、
黒魔術師の村へ行って来ましたが、
腸が煮えくり返って
怒りに耐えられませんでした。
彼は湖に浮かんでいる
自分のダークリーチャーを
水の中でグルグル回すことで、
自分の怒りを他の人に伝えました。
体面を守らなければならない自分は
怒れないので、
代わりに他の人たちに
怒って欲しいと思いました。
歌を歌って踊っていた血人魚たちは
突然、大騒ぎし始めた
ダークリーチャーたちを
落ち着かせるために苦労しました。
それでも、簡単に
ダークリーチャーたちが
落ち着かないので、
メラディムは渋々、
湖の外に出て来ました。
彼は、一人で湖畔の丘の斜面に
座っているゲスターを発見し、
彼に近づいて肩を叩くと、
怒るな。
子供のように振る舞う必要があるのかと
諭しました。
私が子供だって?
と、ゲスターは顔を正面に向けたまま
目だけ横に向けて抗議すると
メラディムは寛大に笑い、
皇配である自分の弟が
一番、頭がいいことは皆知っている。
皇配の弟より頭が悪いからといって
そんなに怒るのは子供だと言いました。
しかし、ゲスターは、
自分が腹を立てているのは、
あいつが頭がいいからではないと
否定しました。
メラディムは
違うのかと尋ねると、ゲスターは
あいつが机の上で
皇帝とキスしながら出した意見に
自分が従わなければならない状況に
腹を立てている。
そして、この状況が
今後も一生続くかと思うと、
あまりにも腹が立つと
答えているうちに、
さらに腹が立ったのか、
ゲスターの瞳が揺れました。
メラディムはその姿を見下ろしながら
やりたくなければ、
やらなければいい。
自分はロードにやれと言われても、
やりたくなければやらないと
言いました。
このフナは、
自分の気持ちを理解できないと
ゲスターは思いました。
彼は激しく憤慨して、
拳を固く握りました。
あのフナは、クソみたいな愛が
人を非常に
バカみたいにさせることを
知るはずがありませんでした。
その愛のために、ここに足止めされて
離れることができず、
息詰まる思いで、腹が立っても、
皇帝が良い言葉をかけてくれれば、
バカみたいに、
喜ぶしかないということも
知るはずがありませんでした。
うんざりする恋敵を
全て狐の穴に入れて閉じ込めて、
知らないふりをしたいけれど
好色な皇帝が
悲しむのではないかと心配で、
そうするのも困難でした。
皇帝はハーレムの男たちを連れて
一生楽しく過ごすだろう。
自分は彼らを我慢しながら、
一生、こうやって
生きていくのだろうと、
ゲスターがぼやくと
メラディムは、
ダンスを習ってみたらどうかと
提案しました。
ゲスターは、
メラディムに話が通じないので
黙って泳げと命令すると、
唇を噛みしめました。
メラディムは舌打ちをしながら
彼の肩を叩くと、
子供になるな。感情に流されるな。
喧嘩になる前に、
とんでもないことで怒るなと
寛大な声で諭していましたが
突然、彼の鼻がピクピクしたので
その声が途切れました。
メラディムは
クンクン鼻を鳴らしながら
頭を上げたかと思うと、
突然、歯ぎしりしながら
あいつの匂いだと呟きました。
どういうことなのか。
ゲスターが眉を顰めて
振り返った時、メラディムは、
もうどこかへ走って行きました。
貴様、どこへ入ってくるんだ!
メラディムが
風のように消える後ろ姿を
ゲスターは呆れて眺めながら、
何だ?あいつ。
と呟きました。
好色でイケメン好きで、
自分の役に立っている側室たちを
ラティルは決して
手放すことはないでしょうから、
ゲスターも、その事実を
認めざるを得ないのかも
しれません。
メラディムは忘れっぽいし、
クソみたいな愛を
理解できないかもしれないけれど
ゲスターは、
優しくて、心に染み入るような
彼の言葉に、
少し心が動かされたのではないかと
思います。
次回は、本編の最終回です。