892話 外伝1話 ラティルが変な行動をしているようです。
◇前世を見たい◇
人々は通りすがりに
ラティルをチラッと見ました。
彼女は空中に向かって手を伸ばし、
その手を見つめながら下へ下ろし
再び空中に手を伸ばすのを
繰り返していました。
何をしているのだろう。
あれは何の意味があるのか。
もしかして、皇帝の目にだけ見える
幽霊でもいるのか。
気になるけれど、
聞くことができないため、
人々は、訳もなく好奇心だけが
増幅され続けました。
そんな中、サーナット1人が
ラティルに近づき、
何をしているのかと堂々と質問すると
人々は足を止めて皆で一緒に
耳を傾けました。
ラティルは気乗りしなさそうに
手を下ろしながら、
「自己啓発」と答えました。
体操ではないのかと、
人々は同時に考えました。
サーナットも眉を吊り上げました。
ラティルがやっていたのは、
どう見てもストレッチでした。
しかし、
ラティルは真剣な表情でした。
いや、何か気に入らないかのように
眉を顰めていました。
やがて、ため息をついたラティルは
近くのベンチへ歩いて行き、
腰を下ろしながら、近くにいる下男に
冷たい飲み物を持って来てと
指示しました。
下男が走って行くと、
サーナットは近づいて来て
ラティルの隣に座りました。
そして、
何か悩みでもあるのか。なぜ急に、
ストレ・・・自己啓発をするのかと
尋ねました。
ラティルは、
悩みはないけれど、
もっと簡単に使えるようになりたいと
思っただけだと答えると、
空中に向かって、再び両手を
波打つように振り、
「前世を見る能力のようなものを」
と付け加えました。
サーナットは
少し複雑な顔をしました。
ラティルの前世を見る能力が、
様々なことを解決するのに
役立ったけれど、
ラティルの前世に存在しない
サーナットは、
彼女がその時代を覗き見るのが
全く嬉しくありませんでした。
サーナットは
見たい前世があるのかと、
躊躇いながら慎重に尋ねました。
正確には、その前世の中に
恋人がいるのか。
その恋人に会いたいのかと
聞きたかったのですが。
ラティルは、
別に決まった前世を
見たいわけではない。
怪物だと答えました。
下男は、
氷でいっぱいのコップを2個持って来て
ラティルとサーナットに
差し出しました。
別の下男は、そのコップに
ジュースを注ぎました。
飲み物が完成すると、
ラティルは彼らに離れているよう
手で合図しました。
2人の下男が遠ざかると、
ラティルは足を組んで
ベンチに寄りかかりました。
そして、休憩時間にまで
このようなことで苦心している自分に
サーナットが
感動しているようだと思い
ちらっと横を見ました。
しかし、彼はクロダイのような
表情をしていました。
何だよ、私に不満でもあるの?
ラティルは、
予想外の反応に激怒して
ベンチから背中を離しました。
サーナットは急いで否定し、
最近も怪物が、よく現れるのに
あえて前世の記憶まで
蘇らせようとするのが不思議だと
思っただけだ。
怪物に会いたければ、ゲスターに
怪物図鑑でも作って来いと
言ったらどうかと
苦心して提案しました。
ラティルはサーナットの頬を
引っ張りながら、
誰が怪物に会いたくて、
こうしていると思うのか。
前世で自分は
怪物を相手にしたことがあると
思うので、弱点、強み、処理方法、
手を握ることができるかどうか、
全部、分かっているはず。
その記憶を蘇らせたいと話しました。
ああ。そうなんですね。
とにかく、前世の恋人のせいで
過去を見ようとしているわけでは
ないことが分かり、
サーナットは、ほっとして笑いました。
サーナットは、
やっと理解できた。
皇帝は誠の聖君だと褒めました。
◇追放されたガルム◇
ラティルは、
前世の記憶を蘇らせてまで
怪物たちについて調べたいと思った
きっかけについては、
サーナットに話しませんでした。
そのきっかけが、ギルゴールと
繋がっていたからでした。
午前にラティルは、
怪物の中に「追放されたガルム」が
現れたという報告を聞きましたが
それを聞いても、すぐに理解できなくて
それは何かとゲスターに尋ねました。
ゲスターは、
それほど危険ではない「ガルム」という
怪物が別にいるけれど
その怪物の中から、
時々、危険な怪物が飛び出して来て
群れから追放されるらしく、
それを「追放されたガルム」と呼ぶ。
その怪物は人を襲って食べるらしいと
熱心に説明してくれました。
その時、ラティルは、
ゲスターが怪物のことを
よく知っていて良かったとだけ
思いました。
しかし、その後、
ギルゴールと話をした時、
「追放されたガルム」と聞いた
ギルゴールの表情が、
とても妙に変わりました。
彼の表情は、
よく知っている怪物について
聞いたような表情でした。
ラティルは、その表情の変化に気づき
どうしたのか。
ギルゴールと親交のある怪物なのかと
尋ねましたが、
ギルゴールは返事をせず、
この花、おいしいよ、お嬢さん。
食べてみる?
と話題を変えました。
ラティルは、返答を避けたギルゴールに
教えてくれと
せがむことはできませんでした。
それでラティルは、
自分の前世の記憶を
直接、探ってみたくなったのでした。
「ギルゴールの知り合いの怪物」とだけ
思って、見過ごしてもいいけれど
その奇妙な表情が、脳裏に強く残り
ラティルの好奇心を刺激しました。
そうしているうちにラティルは
うっかり眠ってしまいました。
◇人間のような怪物◇
気がついたら
目の前に議長がいました。
あいつが、
どうしてここにいるの?
何を企んでいるの?
ラティルは議長を見るや否や、
喧嘩をする前に腹が立ち
息巻きました。
議長は別の方を向いて立ち
両手を空に向かって広げると、
その瞬間驚くべきことに
数百羽の鳥たちが
空に同時に飛んで行きました。
その姿は壮観でしたが、
議長のする行動なので、
ラティルはその美しい姿さえも
怪しげに見えました。
もしかして、
空に飛んで行ったのは
鳥ではなく、鳥の形をした
怪物ではないかと疑いました。
何はともあれ、
なぜ、議長が突然現れたのか、
ここがどこなのか、
聞かなければなりませんでした。
おい!
ラティルは声を出して
議長を呼びました。
しかし声が出ませんでした。
どうして声が出ないの?
ラティルは
首に手を伸ばそうとしましたが
手も動きませんでした。
ラティルは、このような状況を
以前どこかで
経験したことがあることに気づき
目を見開きました。
ドミスの体に入った時に、
こんなことがあったのではないかと
考えている時、ラティルの体、
正確には、彼女が入った誰かの腰が
少し下がりました。
それにつられてラティルの視線も
少し下がりました。
自分が前世を見ようと
努力しているうちに、眠ってしまって
前世を見ているのだろうか。
ラティルは、
目の前に議長がいるのに、
少し浮かれていました。
これは訓練の効果が
あるということなのだろうか。
では議長も、今の議長ではなく
前世で見た議長なのではないか。
しかし議長の顔は
前世も今も変わらないため、
ラティルは彼の姿だけでは、
今が、どの時代なのか
知ることができませんでした。
その瞬間、ラティルは
ライオンが声を低くして唸るような
咆哮を聞きました。
自然に顔を横に向けると同時に、
茂みの間から、
ライオンの体の5倍はありそうな
巨大な怪物だか動物が
議長に飛びかかりました。
議長はゆっくりと手を下ろして
首を回しました。
その時すでに怪物は、今にも
議長の背中を打ち砕くかのように
巨大な腕を振り回していました。
しかし、怪物は議長に触れる前に
突然、両足が地面に
吸い込まれるように長くなり、
巨大な胴体が、あっという間に
大きな木に変わってしまいました。
怪物は議長を攻撃しようとした
姿勢のまま、
やや白っぽい木になりました。
あれが議長の能力・・・?
ラティルは初めて見た光景に驚き
魂が抜けました。
ところが、
そこで終わりではありませんでした。
出て来てください。 いつまで、
そこにいるつもりですか?
議長は木になった怪物を見ながら
聞けと言わんばかりに言いました。
すると、ラティルの入っている体が
岩の後ろから立ち上がりました。
しかし、それだけに止まらず、
議長と言葉を交わすことなく
腰から剣を抜いて、
議長に向かって突進しました。
剣が放物線を描いて
議長を斬ろうとすると、ラティルは
このままでは、
自分たちも木になってしまうと
恐怖を感じました。
議長は足で剣を止めながら
後ろに下がると、
いつの間に取り出したのか
短刀を振り回しました。
ラティルの入っている体は、
空中で体をひねって短刀を避けると
後ろにすっと下がりました。
かなり戦うのが上手そうでした。
それだけでなく、空中に
奇妙な力を集め始めました。
その瞬間、
大神官。
と議長は眉を顰めながら呟きました。
ようやく、ラティルは
自分が入っている体が誰なのかに
気づきました。
大神官だった自分の前世は
アリタルだけだったからでした。
ところで、アリタルと議長は
友達ではなかったっけ?
それなのに、なぜ今は、
お互いを攻撃し合っているの?
議長は、
誰を攻撃すべきかどうかも
分からない、こんな人が
大神官だなんてと、
アリタルを非難しました。
議長は
ラティルが以前、見た時のように
親しみやすそうな姿では
ありませんでした。
彼は情けないという目で
アリタルを、上から下まで見ると
舌打ちしました。
少しも親近感がなさそうに
見えました。
その後、議長は
首を軽く横に振ると、
あっという間に
その場から姿を消しました。
アリタルは、
議長が立っていた場所に駆け寄り、
辺りを見回しました。
しかし、議長の姿はなく、
彼がいた場所に
花が咲いているだけでした。
怪物が変わった巨大な木だけは
依然として、
そのままありましたが、
何の役にも立ちませんでした。
アリタルは、その木を蹴って
歯ぎしりし、
あの人間のような怪物め!
と怒鳴りました。
アリタルの怒りの声に、
ラティルは、呆然としました。
今は、議長とアリタルが
親しくなる前なのだろうか。
ギルゴールと怪物の関係を
知りたかっただけなのに、
なぜ、この時期に来たのだろうかと
ラティルは不思議に思いました。
まもなく、アリタルは速いスピードで
山から下りました。
彼女が村に到着すると、ラティルは
アリタルの体に入っていることを
確信しました。
平和な村の姿は、
怪物たちの大襲撃で壊れる前に
ラティルが見たものでした。
彼女は、この後、村が
廃墟になることを知っているので
心が苦しくなりました。
しかし、未来を知らないアリタルは
元気よく自分の家に入りました。
家の中は、前にラティルが
見た時のままでしたが、
中の雰囲気は以前とは違いました。
しかし、一角に設けられた台所には
依然として、ギルゴールがいて、
まな板の上で野菜を切っていました。
彼が横を振り向くと、
まな板と包丁のぶつかる音が
止まりました。
精神が崩壊する前のギルゴールに
また会えるとは思わなかったので
ラティルは、彼の優しい表情を見て
思わず感激しました。
しかし、アリタルは、
このようなギルゴールを見るのは
自然なことだったので、
感動するどころか、
ぶつぶつ文句を言いながら
食卓の椅子に座りました。
ギルゴールは包丁をまな板の上に置き
タオルで手を拭きながら
近づいて来ると、
アリタルの顔を上げて笑いながら
どうして、怒っているのか。
何かあったのかと尋ねました。
アリタルは膨れっ面で
「負けた」と答えました。
ギルゴールが
「負けた?」と聞き返すと
アリタルは、人間のような
変な怪物に負けたと答えると
息を切らしながら、ドンドンと
床を踏み鳴らしました。
ラティルは感嘆しながら
この時のアリタルは性格が悪い。
その上、議長が怪物だと思ったんだと
驚きました。
ギルゴールは眉を上げて
うちの大神官が
怪物に負けたりするのかと
尋ねました。
アリタルは、
本当にむかつく。
と言うと、
ギルゴールのお腹に顔を押し付け
足をバタバタと動かしました。
ギルゴールは
アリタルの顔をチラッと見て
怪我はしていないと思うと
言いました。
アリタルは、
攻撃的な怪物ではなかったと
話しました。
ギルゴールは、
どこで戦ったのか。
自分が一緒に行こうかと
提案しましたが、
アリタルはそれを断り、
自分がもう一度行って
きちんと捕まえると返事をしました。
ギルゴールは、
アリタルの息巻いている姿も
良いと思ったのか、笑い出しました。
◇優しい怪物◇
やがて再び場所が変わりました。
アリタルは、
最初の大きな岩の後ろに
再び隠れました。
そしてアリタルの視線の先で
議長が、枯れかけている植物を
撫でていましたが、
驚くべきことに、彼の手が触れる度に
枯れていた植物が、再び伸びました。
あいつは何者なの?
何の怪物だから、
あんなことができるの?
ラティルの耳に、
アリタルの本音が聞こえて来ました。
彼女は依然として、
議長を怪物だと思いながらも
不思議がっているようでした。
その時、議長が眉を顰めて
頭を上げながら、
正確にこちらに向かって、
また、あなたですか。
と言いました。
その時になって、ようやくアリタルは
岩の陰から首を出しましたが、
今度は、すぐに剣を振り回す代わりに
岩の後ろを、うろうろしながら
あなたは優しい怪物なの?
と尋ねました。
議長は、
頭がおかしい。
と答えました。
正確な言葉は覚えていませんが
以前、ギルゴールが、
ラティルはアリタルに似ているけれど
少し違うと考えているシーンが
ありました。
今回のお話のアリタルを見ていて
これならば、確かに
ラティルに似ていると思いました。
ギルゴールは、
精神が崩壊してしまって、
時々、おかしな行動をするけれど
元々の優しさは、
変わっていないと思います。
サーナットの助言通り、
ラティルは、ゲスターに
怪物図鑑を作ってもらえばいいのにと
思いました。