781話 クラインとゲスターは一緒にディジェットへ行くことになりました。
◇冒険家たちとの再会◇
ゲスターはクラインを連れて
ディジェットの近くに到着しました。
どこに行けばいいのかと尋ねる
ゲスターに、クラインは
自分に付いて来るよう言いました。
それからクラインは、
以前立ち寄った国境の村を訪れ、
そこの領主の城に立ち寄りました。
クラインは領主に、
誰かが自分に
何か預けていったものはないか
尋ねました。
領主は、
預かったものはないけれど
皇帝の特使が、
一度皇子を探し来たと答えました。
クラインは、
特使が皇帝本人だということを
知っているので、
その部分は聞き流しました。
領主の城の外に出たクラインは、
まだ良い情報がないということを
知ると、
訳もなくプライドが傷ついて
真顔になりました。
ゲスターは、その表情だけで
状況に気づき、
探していた情報がないようだと
囁きました。
そうでなくても
気分を害したクラインは、
ゲスターが何も言わなかったのに
不快になって
彼を睨みつけました。
なぜ睨みつけるのかと、
ゲスターが怯えたふりをして
後ろに下がると、クラインは
二人きりになったついでに、
誰が上にいるのか、
この際、ゲスターに
教えてやったらどうだろうかと
真剣に考えました。
ゲスターは、
クラインが自分に
言いがかりをつけたがっていることを
知りながらも、
知らないふりをして彼を観察しました。
二人は気まずい雰囲気の中で、
しばらく目的地を失いながら、
並んで歩いていました。
その時、ここにいたのかと
豪快な声が
彼らの方に向けられました。
二人は同時に顔を上げました。
冒険家や傭兵と思われる人が
走って来ました。
クラインは、彼らが
仕事を任せた人だと分かると
急いで一緒に走って行きました。
ゲスターは良くない予感がしました。
冒険家は、
良い知らせがある。
アドマルを漁っていたら、
かなり精巧な石版を見つけた。
作られてから、
途轍もなく時間が経ったような
古い石板だと告げると、
にっこり笑って、
近くの居酒屋を指差し、
あそこへ入って話さないかと
提案しました。
◇石板◇
アドマルに行ったら、
ある二人の女性が戦っていたけれど
二人とも探検どころか、
旅行する服装でもなかった。
それだけでなく、
近くには、男の頭だけが一つあったと
冒険家は、話しました。
ゲスターは、その二人の女性の一人が
ラティルであることに気づきました。
しかし、クラインは、その話よりも、
石板の方に興味があったので、
その話を全部、
聞かなければならないのかと
尋ねました。
冒険家は「いいえ」と否定すると
にやりと笑って
向かいのテーブルに座った人々に
声をかけました。
彼らは、
椅子の横に立てかけておいた
巨大な板を持ってきました。
5人用のテーブルから
足だけを切り離したような形の
石板でした。
彼らはテーブルの上に
石板を乗せて退きました。
皆、満足そうな表情を
しているのを見ると、
仲間のようでした。
クラインは石板を見下ろしました。
石に絵が刻まれていました。
彼は、何て書いてあるのかと
尋ねました。
冒険家は、
自分たちには分からないけれど
石板の端にある、
この隙間が見えるかと尋ねました。
クラインは、
これは何かと尋ねました。
冒険家は、
時間が経つにつれて、年輪のように
この隙間にある層が増えていくと
答えると、クラインは
冒険家が指差す隙間を
注意深く見ました。
石の鱗のように見えるものが
一つや二つではなく、
無数にありました。
クラインは、
嘘だ、 すごく多すぎると
反論すると、冒険家は、
だから、この石板が、少なくとも
数千年以上も前の物だと
いうことだと主張しました。
クラインは
思わずゲスターを見つめ、
彼が考古学に詳しくなかったかと
尋ねました。
ゲスターはそうでなくても
石版を見るや否や慌てた状態でした。
石版に描かれた絵が、
本当にラトラシルにとって
大きく役立つ情報だったからでした。
ゲスターは
冒険家に見られないように
クラインの背中を
そっと叩きました。
クラインは神経を落ち着かせて
ゲスターの表情を見ると、
どういう意味なのかを理解し、
冒険家に、残金を払いました。
ところが冒険家は、
最初クラインが要求したのは
情報だけれど、
これは石版なので遺物だ。
当然、追加金を
払わなければならない。
情報だけ受け取るなら、
自分たちが、
この石版の内容を解釈するのを
待たなければならないと
無理強いしました。
しかし、クラインは
素直に追加金を払いました。
やたらと戦って
石板に損傷が生じるよりも、
お金をもっと払ってでも
これを無事に
持って行きたかったからでした。
その後、クラインとゲスターは
旅館で2人部屋を取り、
そこへ石板を運びました。
クラインは石板を床に置くや否や
ハンカチで汗を拭くと、
ゲスターが、
とりあえず買えという
オーラを出して来たので、
買ったけれど、
この、ものすごく重い物が何なのか、
もう話せと、怒りながら
要求しました。
ゲスターは、
ロードがいなかった時代の
記録だと思うと答えました。
驚いたクラインは目を見開いて
ゲスターを見ると、
ワンテンポ遅れて
後ろにひっくり返りました。
クラインが、本当なのかと尋ねると
ゲスターは「はい」と答えました。
クラインは、
どういう内容なのか。
ゲスターは、どうやって
これを見分けるのか。
これは古代語ではなく、
ただの絵みたいに見えると言うと、
ゲスターは
怪物なのか動物なのか
よく分からないものが
人の頭を飲み込んでいる
曖昧な絵を指差し、
「怪物が・・」と言いました。
次にゲスターは3つの太陽を指差し
「30年から・・」と言いました。
それから、ゲスターは
5つの太陽を指差し、
「50年ほど出没した」という意味だと
説明しました。
続けてゲスターは
次のマスの中の絵を指差しました。
穀物が熟しており、怪物がおらず、
平和な村の情景でした。
ゲスターは、
その後に、怪物のいない
平和な時期が来るということだと
説明すると、クラインは
「なんてこった!」と叫んで
立ち上がり、拳を握りしめると、
これがあれば皇帝の役に立つと言って
喜びました。
ゲスターが
「そうですね・・・」
と返事をすると、クラインは
これで、皇帝は
自分を皇配にしてくれると
興奮しながら叫びました。
ゲスターはポケットから
大きな筆を取り出し、
石版の絵の埃を払うと
ギョッとしました。
浮かれてニヤニヤ笑いながら
部屋の中を歩き回っていた
クラインは、ゲスターに向かって、
自分の手柄を
分けてもらおうなどとは考えるなと
断固として命令しました。
ゲスターは筆をしまうと、
手を口で押えながら、
ここへクラインを連れて来たのは
自分なのに・・・
と言い返しました。
しかし、クラインは
ゲスターがここへ来たのは
皇帝の命令、もしくは
ゲスターの善意からではないか。
それに、
時間は少しかかったけれど、
自分はゲスターがいなくても
ここに一人で来ることができた。
しかし、自分がいなければ、
この石版を発見することが
できなかった。
だから自分の手柄を横取りするなと
断固として警告すると、
ベッドに横になって
枕を抱きしめました。
ゲスターは口元から手を下ろすと
石板の中の絵とクラインを
交互に見つめました。
彼が知っているラトラシルは、
これだけでクラインを
皇配にすることはないだろう。
すでに側室の中に、
役に立たなかった人はいないから。
しかし、これを機に、
寵愛は確実に受けられるはず。
ゲスターの目が
徐々に暗くなって行きました。
クラインは、ゲスターが後ろで
何を考えているのか分からないまま
ただ浮かれて、気持ちの良い夢に、
はちきれそうでした。
◇プロポーズの承諾◇
ついにカリセンに送った
プロポーズ使節団が帰って来ました。
新たに使節に選ばれて
カリセンへ行って来た伯爵は
カリアランス侯爵家が
プロポーズを受け入れたと
安堵しながら報告しました。
ラティルは、
使節団を褒め称えた後、
彼らが退くとすぐに
レアンを執務室に呼びました。
そして、ベゴニア嬢が、
レアンとの結婚を承諾したと
話しながら、レアンの表情を
詳しく観察しました。
もしかしたら、
彼の精神が少し乱れて
本音をさらけ出すかもしれないと
思ったからでした。
レアンは「よかった」と
返事をしましたが、
自分が選んだ相手にもかかわらず
落ち着かない表情でした。
どうしたのか。
わざとああしているのか。
自分が望んで
結婚するのではないことを
アピールしたいのか。
ラティルはレアンの表情を見ると、
つられてモヤモヤしましたが、
努めて、そんなそぶりを隠しながら
慌ただしい時期なので、
婚約式は省略して、できるだけ早く
結婚を進めたいのだけれど、
それでもいいかと尋ねました
レアンは、
ラティルが、そうしたいならと
答えると、ラティルは、
どのくらい早くしてもいいかと
尋ねました。
レアンは、ラティルが望むなら
いつでも大丈夫だと答えると、
ラティルは「明日でも?」と
極端な質問をしました。
レアンはぎこちなく笑いながら
少なくとも2カ月の余裕が欲しいと
頼むと、ラティルは、
それでは2カ月後にしようと
言いました。
2ヶ月後に、
レアン皇子が結婚するという
知らせが伝えられると
貴族たちは大騒ぎしました。
皇族の政略結婚は、
婚約するだけでも数ヶ月かかり、
結婚の準備をするのも
数年がかかるのが普通でした。
時には、こんなことを全て
省略する時もありましたが、
それでも2ヶ月で結婚をすることは
ありませんでした。
一般貴族の家でも
2ヶ月で結婚することになれば、
何かあったのかと
周囲は戸惑うはずでした。
皇帝のたった一人の同母兄が
2ヶ月で外国の貴族と結婚する。
しかも、その相手のベゴニア嬢は
侯爵家の令嬢という
もっともらしい肩書はあるけれど
父親は、力も財力も影響力もない
辺境領地の領主。
さらにベゴニア嬢は5番目の娘。
そのような家が、レアンに
何の助けも与えないということは
明らか。
レアンの支持者たちは、皇帝が
レアンを侮辱することにしたのだと
興奮しました。
国民も、
皇帝は表向きには
レアンを許したけれど、
実は、まだ仲が悪いのではないかと
ひそひそ話していました。
シャレー侯爵は
ラティルの味方でしたが、
むやみに良い話だけを
伝えるのではなく、
レアンの結婚に関する雰囲気を
ラティルに率直に伝え、
心配していました。
しかし、ラティルは、
本人が、それでいいと言うのだから
仕方がないと
ぶっきらぼうに答えました。
ラティルも、
早すぎるレアンの結婚と、
その相手が、
自分の評判に良くないことを
知っていました。
皇帝自身は、
数多くの側室を抱えているのに
実の兄は、たった2ヶ月で
誰でもいいから結婚させるなんて
人々は良く思わないと思いました。
しかし、赤ちゃんが生まれる前に
物事を進めるためには
仕方がありませんでした。
臨月になれば、
いくらラティルの肉体が
一般的な人と違っても
戦いにくくなると思いました。
それにベゴニア嬢を
結婚相手と予測したのはタッシールで
選んだのはレアン本人でした。
レアンが結婚して幸せに暮らせば、
他の人たちも、
何も言えないだろうと言い繕いながら
まだ外から見ても分からない
自分のお腹を見下ろしながら
クラインとゲスターのことを
思い出しました。
あの二人が調べに行った情報は
見つかったのだろうか、
ゲスターが一緒に行ったので、
その日のうちに、
すぐに帰って来ると思ったけれど、
なぜ、二人とも
連絡して来ないのか。
まさか、二人で
喧嘩してはいるのではないか。
ゲスターなら大丈夫だけれど、
ランスター伯爵は
クラインと大喧嘩をしても
おかしくない性格だからと
考えましたが、
ラティルは首を横に振り、
このような重要な時期に
そんなことはしないだろうと
思いました。
その時、ラティルは
机に垂れ下がった
グリフィンの影を見つけました。
グリフィンは苛立たし気に
足を踏み鳴らしていました。
ラティルは、
侍従長や他の秘書たちを
部屋から出すと、窓を開けました。
グリフィンは、中に入るや否や、
これがどういうことなのか
分からないと、慌てて叫びました。
ラティルは、
どうしたのかと尋ねました。
グリフィンは、
とりあえず、こちらへ来てと
頼みました。
ラティルは執務室の外に出ると
グリフィンに付いて走りました。
グリフィンは
ハーレムの方へ飛んで行きました。
どうしたのだろうか。
ゲスターとクラインに
何かあったのだろうか。
ラティルは、不安な気持ちが
湧き起こって来ました。
ゲスターが石板の埃を払ったら
何が出て来たのか
とても気になります。
ゲスターが
ぎょっとするくらいなので
とても驚くべきことなのかも。
ゲスターは、
クラインが石板を見つけたことで
ラティルが彼を
寵愛するようになるのではと
心配しているけれど、
石板を読めるのは
ゲスターだけなので、
石板の内容を解読してあげれば、
ラティルは、とても喜ぶでしょうし
感謝すると思います。
それで、ラティルのゲスターへの愛が
他の側室たちより深まるとは
思えませんが、
少なくとも、ラティルは
自分のために働いてくれた人を
切り捨てるようなことはしないので、
他の側室たちに手を出して、
ラティルに嫌われるよりは、
ゲスターは彼女にとって
なくてはならない人と思われる方が
いいのではないかと思います。