979話 外伝88話 ラナムンと百花は、避妊薬を使ったのはゲスターだということにしました。
◇呼び出されたゲスター◇
掛け時計を見たギルゴールは、
今は、国務会議の時間ではないかと
呟きました。
ゲスターの表情が曇りました。
彼の知る限り、
今は会議の真っ最中でした。
このような時に、皇帝が彼を呼び
言葉を伝えた秘書の表情が
良くなかったということは
尋常ではない状況に
違いありませんでした。
自分なら行かないと、
ギルゴールは
花びらをむしり取りながら
提案しました。
ゲスターは、
自分はそうしないと、
不満そうに呟きました。
ギルゴールは肩をすくめると
ゲスターは本当に頑張っている。
どうせゲスターより弱い者なのに
どうして、そんなに
よく見せようと努力するのかと
尋ねました。
このような状況に、
ギルゴールは役に立ちませんでした。
ゲスターは、彼を置き去りにして
温室の外に出ました。
ザイオールが言ったように、
秘書の表情は、
本当に良くありませんでした。
それでも皇帝に忠告されたのか。
本宮に向かう途中、秘書は、
ゲスターが他の側室たちに
避妊薬を使用したと、
アトラクシー公爵が主張していることを
前もって知らせてくれました。
避妊薬と聞き、
ゲスターは呆れて足を止めました。
秘書は目を伏せながら、
突然、出た話なので、
自分も、その他のことは知らないと
呟きました。
ラナムンとアトラクシー公爵が
ずっと調査していたのは
これだったのか。
ゲスターは、数日前、
食べ物に口もつけなかった
ラナムンを思い出しました。
悩んでいるうちに、
いつの間にか秘書は
会議室の前に到着しました。
ゲスターは、
秘書が扉を開けてくれる前に
皇帝と、別に会うのではないのかと
尋ねました。
秘書は「はい」と答えると、
すぐに扉を開きました。
すると、会議室を埋め尽くした
大臣たちの姿が見えました。
扉から一番遠い上座にいる皇帝が
困った表情をしていました。
ゲスターは、
気が進まない表情を
怯えた表情に変えて、中に入りました。
ゲスターは、
会議室の中央部分まで歩いて行って
立ち止まると、ラティルに
自分を呼んだのかと尋ねました。
◇ゲスターへの追求◇
ゲスターが呼ばれる前。
他の案件について審議している途中
突然、ある大臣が、
ゲスターが自分の子供を持ちたくて
数年間、他の側室たちに、
密かに避妊薬を飲ませていたと
主張しました。
ラティルは当惑しました。
ラティルは大臣の主張を
戯言として扱い、再び
主要な案件に戻ろうとしました。
しかし、大臣は素直に退かず、
ゲスターを
中傷しようとしているのではない。
かなり信憑性の高い証拠まであると
むしろ積極的に主張しました。
ロルド宰相に近い大臣は、
ゲスターに良い知らせが来たことを
彼は嫉妬しているのだと、
素早く口を挟みました。
しかし、最初の大臣はラティルに
証拠を見せると告げました。
このあたりから、ラティルも
ただ呆れるばかりでは
いられなくなりました。
雰囲気が、思ったより
深刻になりそうでした。
似たような考えをしたのか、
ロルド宰相も、
あんな、とんでもない話は
聞く必要もないと言いました。
しかし、
ロルド宰相が出て来るや否や、
側近を前面に出して、
後ろに隠れていた
アトラクシー公爵も、
とんでもないかどうかは
証拠を見てみないと
言えないではないか。
証拠さえ出させないなんて
何か気が咎めることでもあるのかと
非難しました。
アトラクシー公爵の言葉は
詭弁でした。
気が咎めることのない人は
当然、偽の証拠を
見たがるはずがありませんでした。
その後も、アトラクシー公爵一派と
ロルド宰相一派は、
あのような話は聞く必要もない。
ゲスターが本当に他の側室たちに、
避妊薬を密かに飲ませたのなら、
これは見逃してはならない。
ゲスターが、そのような薬を
使ったのなら、
とっくに使っていたはず。
なぜ、子供4人ができる間、
じっとしていて、今、使ったのか。
まず証拠を見て欲しい。
言葉では何も言えない。
などと、少しの間も空けることなく
負けじと言葉を交わしました。
ラティルは眉を顰めました。
ゲスターは、ラナムンが
自分に何かをしようとしていると
言っていたけれど、
もしかして、この話のことなのかと
考えました。
事態を見守っていた侍従長は
証拠が偽物なのか本物なのかは
まず見て判断した方が良いと
慎重に助言しました。
すでに疲れたラティルは、
持ってこいと指示しました。
プレラ事件が起きてから
大して時間が経っていないのに、
再び大臣たちが争う姿を見て、
頭が痛くなりました。
ここ数年、
静かに過ごしていると思ったけれど
その間、喧嘩の準備でも
していたのだろうかと思いました。
最初、ゲスターが
避妊薬を使用したと主張した大臣は
扉の外にしばらく出た後、
小さなガラス瓶を持って
戻って来ました。
秘書が近づくと、
大臣はガラス瓶を渡しました。
秘書はガラス瓶を注意深く見てから
侍従長に渡しました。
侍従長は、
ラティルがガラス瓶を
詳しく見ることができるように
前に突き出しましたが、
念のため、
これは自分が持っていると言って
ラティルに渡しませんでした。
ラティルは、
少し濁った液体をじっと見て
これが避妊薬で、これをゲスターが
人々に配ったというのかと
尋ねました。
初めてゲスターを名指しした大臣は
素早く「いいえ」と答えると、
その中に入っているのは聖水で
ゲスターが配ったのは
聖水を入れたガラス瓶だ。
見た目はガラス瓶の中に
聖水が入っているようだけれど
よく見ると底が二重になっていて、
その間に避妊薬が入っている。
上の方に聖水を注いでおいたので、
見ただけでは、下の方に他のものが
もう一つ入っているように見えない
構造になっている。
皇帝も知っている通り、
宮殿内部から怪物が飛び出して以来
各部屋ごとに、聖水の瓶を
必須的に置いていると説明しました。
その言葉に、ロルド宰相は、
普段より荒っぽい声で、
それならば、
聖水を配った人が悪いのに。
なぜそれを、
自分の息子のせいにするのかと
叫びました。
大臣は、
まさかガラス瓶に、
変な装置ができているなんて、
聖水を配った人は
分かるはずがないと主張しました。
ラティルはため息をつくと
自分がゲスターに、
別に聞いてみるので、
このことは、また後で話そうと
言いましたが、
アトラクシー公爵の一派は、
皇帝が、
このように出てくる場合のことまで
すでに準備していました。
最初にゲスターを名指しした大臣は
別に話をすれば、きっとゲスターは
反論する準備をするだろうから
今すぐゲスターを呼んで
聞いてみなければならない。
突然、聞いてこそ、
真実を聞くことができると
主張しました。
このように、
激しい雰囲気になったので
結局、ラティルは秘書を送って
ゲスターを呼び寄せたのでした。
彼が到着した時、
会議室の雰囲気は非常に騒々しく
武器があちこちに
飛び回っているようでした。
ラティルはゲスターに、
もしかして
底が二重になっているガラス瓶を
側室たちに配ったのかと尋ねました。
ゲスターは肩をすくめ、
配ったけれど
それが問題になったのかと
尋ねました。
最初にゲスターを名指しした大臣は
やはり、配ったではないかと
声を荒げると、
ゲスターはチラッと
そちらを見つめました。
大臣はさらに話そうとしましたが、
本能に近い危機感を覚え、
思わず口をつぐみました。
大臣は口をつぐんでも、
自分がなぜ口をつぐんだのか
理解できず、眉を顰めました。
大臣の代わりにラティルは、
ゲスターが側室たちに配った
その瓶の中に、
聖水と共に避妊薬が入っていたと
大臣は話していると言いました。
ゲスターは当惑した表情で、
自分は、何年も前に、
新年の贈り物として、
その中に香水を入れた。
避妊薬を入れたこともないけれど
聖水を入れるようにと
言ったわけでもなかったと
説明しました。
ラティルの後ろに立っていた
サーナットは、
自分もそのことを覚えている。
確かにゲスターは香水を入れてくれた。
その後、聖水を入れておく瓶について
相談していたところ、
タッシールがその瓶の形を見て
聖水を入れてほしいと提案したと
自然に割り込んで来ました。
ロルド宰相は安堵しましたが
アトラクシー公爵は、心の中で
サーナットを罵りました。
彼は肩をすくめました。
サーナットも
ゲスターが嫌いでしたが、
今は、真実を話しただけでした。
ロルド宰相は、
サーナット卿も、その瓶は
避妊薬と全く関係ないと
言っているし、
聖水を入れろと言ったのは
タッシールで、
聖水を作ったのは
大神官だと思うのに、
なぜ瓶を作ったという理由で
突然、自分の息子が、避妊薬を
密かに広めた犯人になるのか。
とんでもないと、
間髪入れずに主張しました。
その通りだと言って
ラティルは頷きました。
数日前、ゲスターが
ラナムンとアトラクシー公爵を
疑ったことがあったので、
今回はアトラクシー公爵の方が
不当だと思われました。
しかし、最初にゲスターを
名指しした大臣は、
このまま見過ごすわけにはいかない。
それもゲスターの計略だった。
ゲスターは、二重構造の瓶に
自然に聖水を入れるように誘導した。
聖水を入れて欲しいと言ったのは
タッシールだけれど、
ゲスターが瓶をプレゼントをした時期は
聖水を部屋に置こうという話が
すでに出ていた時だと主張しました。
ゲスターは怯えたふりをして
口元を手で覆いながら
騒ぎたてる大臣を見つめました。
大臣は、ゲスターの視線を感じると
再び背筋が寒くなりました。
怯えた顔をしているのは
確かにあちらなのに、
なぜ、こんなに鳥肌が立つのかと
不思議に思いました。
大臣は、相手が黒魔術師なのに
アトラクシー公爵の目に留まるために
今回のことを引き受けたことを
後悔し始めました。
しかし、今さら、
後に引くわけにはいきませんでした。
大臣は、
ゲスターには、あっという間に
あちこちで現れる能力が
あるのではないかと主張しました。
ラティルは、
だからといって
犯人の分からないことが起こる度に
全てゲスターのせいに
するつもりなのか。
それでは、
誰がしたのか分からない良いことは
なぜゲスターのせいにしないのかと
苛立たしげに問い返しました。
大臣は、
ゲスターが薬剤を購入した記録が
いくつかあるけれど、
それらの薬剤を組み合わせると、
世間に避妊薬として
知られている薬ができると
主張しました。
ゲスターは、
自分はいつも薬材をたくさん購入する。
自分が買わない薬材の方が少ない。
避妊薬に使われる薬材が5種類だと
仮定すると、
自分が買う薬材は数百種類だと
すぐに反論しました。
大臣は、
ゲスターは薬瓶も作ったし、
避妊薬の材料もある。
一歩譲って、
側室たちと皇配の所へ行った避妊薬に
少しでも関わった人が、
ゲスター、大神官、
タッシールだとしても、
大神官とタッシールは、
避妊薬の影響を受けていて
ゲスターだけが
影響を受けていないので、
ゲスターが一番怪しいと主張しました。
その後も、
ゲスターは、
よく部屋に閉じこもっていた。
彼の侍従は、ゲスターが
研究をするとか、
何かを作っている。
とても危険なことだという話を
よくしていた。
黒魔術師だから。
ゲスターとロルド宰相が
黒魔術で子供を作ることに関して
話をしているのと
遠くから聞いたことがある。
など、
何人かの証人が現れて、
ゲスターに不利な話をしましたが
ラティルは、
避妊薬とは関係ないのではないかと
思いました。
一度、証人たちが行き来した後、
ラティルは頭が痛くなって
眉を顰めました。
一つの目的を定めて、その枠に
あちこちに散らばった
ゲスターの行跡を
むやみに嵌め合わせると、
もっともらしく見えたため、
さらに困ってしまいました。
会議が終わるや否や、ラティルは
ゲスターを連れて行こうとする
ロルド宰相に退けと目で合図をし
代わりにゲスターを
寝室に連れて行きました。
ラティルはお茶とお酒を
持って来させ、
茶碗は自分の前にだけ置きました。
そして、今日のことについて
自分と率直に話をしようと
ゲスターに提案しました。
ラティルは、ゲスターが先に
ラナムンが自分を
攻撃しようとしていると言ったことを
思い出しました。
しかし、アトラクシー公爵の一派が
差し出した、その他の証拠は
確かなものでした。
会議が終わるや否や、秘書たちに
薬材と病気などについて
より徹底的に調査するよう
指示しましたが、その証拠は
すでにアトラクシー公爵一派も
先に、何度も
検証を終えたはずでした。
その上、ラティルも以前ほど
ゲスターの人柄を
信頼していませんでした。
ゲスターか
ランスター伯爵のどちらかが
タッシールを狐の穴に
捨てたことがあるし、
一番先に自分の妊娠を察して
ギルゴールを連れてきたりもした。
ゲスターも、
何か思い当たることがあって
そうしたのだと思いました。
下女たちが、テーブルに
酒をいっぱい乗せて出て行くと、
ラティルはゲスターに瓶を押し付け
悔しいだろうから、少し飲め。
飲みながら話そうと促しました。
ゲスターの本音を聞けば、
一番確実に分かるだろうと
考えたからでした。
ところが、意外なことが起きました。
ゲスターが
どれだけ恐ろしいか知っていたら
アトラクシー公爵は
彼に濡れ衣を着せるようなことを
しなかったのでしょうけれど、
アトラクシー公爵もラナムンも
やられてばかりでは
いられなかったのでしょう。
けれども、国務会議の時に
そんな話を持ち出さず、
他の方法を考えても
良かったのではないかと思います。
アトラクシー公爵にしても
ロルド宰相にしても
自分たちの権力争いのために
国務会議を利用し過ぎていると
思います。