990話 外伝99話 ラティルはザイシンを呼び出しました。
◇ザイシンへの頼み◇
ザイシンは部屋の中に入って来て、
ラティルを見るや否や、嬉しそうに、
満面の明るい笑みを浮かべました。
そして、大きな体で、
軽やかに歩いて来たザイシンは、
お風呂に入って来たのか、
髪の毛から水が垂れていました。
ラティルが
ハンカチを取り出して渡すと、
ザイシンは、
照れくさそうに笑いながら
髪の毛を擦りました。
ザイシンは、
運動中に、陛下が呼んでいるという
知らせを聞いた。
汗を流したまま、
来ることはできなかったので
急いでお風呂に入って来たと
説明しました。
それからザイシンは、
タッシールが座っていた椅子に
腰掛けて、手で扇ぎながら、
だんだん暑くなって来たので
少しだけ動いても暑い。
陛下は大丈夫かと尋ねました。
ラティルは、
扇いでくれる人がいるから
大丈夫だけれど、
歩き回っているザイシンは
暑いのではないかと尋ねました。
ザイシンは、
神殿が一番涼しい。
壁が少なくて、柱が多いので
風がよく通るからではないかと
答えました。
ザイシンは、
些細な話をしながら、
少しも口を休めませんでした。
侍従が入って来て、
氷を入れたジュースを置いて行くと
ザイシンは一気に飲み干しました。
その姿を見ていたラティルは、
気が変わり、ザイシンに、
百花の話はしないことにしました。
元々、ラティルは、ザイシンに
百花がしたことについて
話すつもりでした。
自分は百花と
露骨に対立できないけれど、
ザイシンは違うのではないかと
思ったからでした。
しかし、ザイシンの
あの純真な姿を見ると、
それも良くないという気がしました。
ザイシンは心が正しい人なので
百花が避妊薬を
他の側室に飲ませたことを知れば
百花をそばに
置かなくなるはずでした。
しかし、ザイシンのそばには
百花のように、攻撃的で賢い人が
必要でした。
ザイシンはあまりにも純真だし、
クーベルも神官なので
心が弱いからでした。
ラティルはため息をつきました。
百花が、もう少し
適正ラインを守ってくれるなら、
ザイシンのそばに置けるのにと
思いました。
ザイシンは浮かれて騒いでいましたが
皇帝がため息をつくと、驚き、
どこか、具合が悪いのか。
もしかしてお腹が・・・と
声をかけました。
ラティルは否定しましたが、
ザイシンは、
今、ため息をついたと答えました。
ラティルは、
ザイシンに申し訳ない話を
しなければならないと告げました。
ザイシンが、
「申し訳ない話?」と聞き返すと、
ラティルは、ザイシンに
ディジェットへ行って来られるかと
尋ねました。
百花の話をしないことに
決めたラティルは、別の方法で、
百花に罰を与えることにしましたが、
それが、これでした。
ディジェットは、
タリウムから最も遠い国でした。
ザイシンも、それを知っているので、
驚いた表情で、
「ディジェットですか?」と
聞き返しました、
ラティルは、
ディジェットは遠くにある国なので、
これまでタリウムとの親交が
深くなかったけれど、
クラインの母親の国でもあるので
これからは、
仲良くしたいと思っていると
説明しました。
ザイシンは、
それならクライン皇子が行った方が
いいのではないかと返事をしましたが
クラインは、あそこへ行った時に、
地下の神殿に閉じ込められて
出られなかったことがある。
そのトラウマがあるので、
彼はダメだと、
ラティルは説明しました。
ザイシンは納得しました。
ラティルは、
「ごめんね。遠すぎるよね?」
と尋ねました。
この話をしようとすると、
気になって、
自然とため息が出ました。
ラティルが、
ひどく気に病む表情をすると、
ザイシンは素早く首を横に振り、
申し訳なく思う必要はない。
行っても構わない。
そこにも神殿があるし、行く途中で、
各神殿を訪れても構わないので
大丈夫だと返事をしました。
ザイシンの態度に、ラティルは、
もっと申し訳ない気持ちが
大きくなりました。
しかし、百花に、
警告する必要がありました。
百花は頭がいいので、
ゲスターが戻って来て、
アトラクシー公爵が
静かになったこの時に、大神官が
ディジェットに行くことになれば
ラティルが真実を突き止めて
怒りをぶつけようとしていると
推測するはずでした。
ラティルは
ザイシンにお礼を言うと、
彼の手を握って
手の甲を軽く叩きました。
そして、危ないから
百花も必ず連れて行くようにと
付け加えました。
◇百花への罰◇
ラティルの予想通り、
百花は、その知らせを聞くや否や、
皇帝が、自分に怒っていることに
気づきました。
百花はザイシンに、
皇帝が、他に何か話さなかったかと
尋ねました。
ザイシンは、
話さなかった。
もうすぐ夏なのに、暑い国に
行って来なければならないなんて
大変だと呟きました。
百花は、
もしかして皇帝は、大神官や自分に
怒っているのではないかと尋ねました。
ザイシンは、
そんなはずはない。
皇帝自身も遠くへ行って歩き回り
人々の様子を探るのが好きだ。
今回は、直接行くのが難しいので、
自分たちを送るだけだと答えました。
百花は、もしかして皇帝が
大神官に自分の話をしたのかと思い
さらに2、3言話しました。
しかし、大神官は、百花に対して、
全く、悪い考えがないように
見えました。
大神官は、巧妙に、
自分の感情を隠すことが
できませんでした。
百花は、皇帝が、大神官に
自分の話はしていないと
確信しました。
しかし、素直に
遠くに行って来るのは嫌だったので
彼は、ラティルが
怪物の監獄を訪ねて来た時に、
わざと彼女に会いに行きました。
皇帝は百花を見るや否や、
怒りの表情を隠すことなく
彼を見つめました。
百花は挨拶をした後、
人払いをしました。
聖騎士の看守たちが退くと、
百花は皇帝に近づき、
ディジェットには、
自分が聖騎士を何人か連れて
行って来るので、大神官は
ここに残して欲しい。
大神官は、今回のことについて
何も知らないと訴えました。
ラティルは、
それは自分も知っていると
返事をしました。
百花は、
それなら大神官を残して欲しい。
彼は暑さに弱いので、暑い時に、
ディジェットまで行って来たら
本当に辛いだろうからと言いました。
皇帝は後ろ手に組んで、
今は空っぽの
偽の未来を見せる怪物の監獄を
眺めました。
今、その怪物は旅行中でした。
百花は、ふと、その怪物が
皇帝と自分の間の未来もあると
言っていたことを思い出しました。
それとほぼ同時に、皇帝は、
百花が一人で遠くへ行くのは
何の罰にもならない。
自分は百花がしたことに腹が立って
罰を下すのだから、
罰ではない罰を下したところで
何の役にも立たないと言いました。
百花は、
それでは、なぜ、
何も知らない大神官が
罰を受けなければならないのかと
尋ねました。
ラティルは、
元々、ザイシンは、神殿を訪問して
人々を助けることを
自分の義務と考えているから。
ザイシンにとって、
ディジェットまで行って来るのは
罰ではない。
遠くに行って来るのは
残念かもしれないけれど、
それを罰だと思うほどではないと
言いました。
それから、鉄格子から目を逸らし、
隣に立っている百花を睨みつけると
大神官が自分と離れていることが
百花卿にとって
確実な罰だと告げました。
百花は、
否定したかったけれど、
違うと言っても、
皇帝が信じてくれそうにないので
そのまま、口をつぐみました。
彼は内心舌打ちをしました。
本当に、よく考えた結果、
彼は、聖水に避妊薬を入れて
配りました。
ところが、よりによって
ロルド一家への
アトラクシー公爵の恨みが
とんでもなく募り
それに気づくとは思いませんでした。
皺の寄った百花の額を見て、
ラティルはラティルなりに
呆れました。
彼は、自分が間違ったなどと
少しも考えていない。
なぜ、あんなに残念がっている表情を
しているのかと思いました。
◇大神官の出発◇
百花は残念がり、
ラナムンはそわそわし、
事情を知らない大臣たちは
引き続き抗議しましたが、
何も変わりませんでした。
大神官は、旅行の準備を終えた後、
ラティルが公式に任命した
ディジェットに
行って来ることになりました。
ところが、彼が計画した日程は
ラティルが計画した日程より
はるかに長くなっていたので、
日程表を受け取った百花は
半狂乱になりました。
彼は大神官に、
なぜ、地図に、
丸がびっしり描かれているのか。
これは誰が描いたのかと尋ねました。
大神官は、
自分が描いた。せっかく遠くへ
行くことになったので、
行く途中にある神殿に
立ち寄ってみようと思う。
遠く離れた神殿の人々は
自分に会うのが難しいので、
近くに行った時に立ち寄って、
神の愛を
見せて行かなければならないと
明るく説明しました。
百花は、危うく
地図を破るところでした。
百花は、
この暑い日に神殿へ行って
何のために、人々の邪魔をするのか。
神の愛は、
神自ら与えてくれるだろうと叫ぶと、
荷物をまとめていた使用人たちは
あの聖騎士は、
今、何て言ったのかと思い
目を見開いて、手を止めました。
大神官も口を開けたまま
閉じられないでいると、
百花は咳払いをしながら、
良い声で、
再び大神官を説得しました。
しかし、様々な理由を付けて
言い張っても、
大神官は気が変わりませんでした。
百花は、
大神官にとって、
ディジェットへ行ってくるのは
罰ではないという皇帝の言葉を、
歯ぎしりしながら
認めなければなりませんでした。
しかし、百花は、このまま怒りを
鎮めることはできませんでした。
そんな中、皇帝が侍従を通じて
石の入った小さな箱を
2つ送って来ました。
その石には、
特殊な気が込められていて、
これを持ち歩けば、グリフィンが、
すぐに2人の位置を見つけることが
できるというものでした。
百花は良かったと思い、
その箱を丁重に受け取った後、
大神官が忙しくしている隙に、
2つの石を処理してしまいました。
皇帝がグリフィンまで動員して
急いで自分たちを呼ぶのは、
考えるまでもなく、
大神官に誰かを治療させる時だけだ。
大神官を遠くに送り出すなら、
その間は、大神官の治療も
諦めなければならない。
そうしてこそ、大神官の空席を
実感するだろうと思いました。
大神官は、箱の中の石が
変わったことを知らないまま、
荷物をきちんとまとめ、
その翌日、聖騎士たちを連れて
宮殿を出ました。
ゲスターは、その翌日に
宮殿に到着しました。
ラティルが、アトラクシー公爵に
当てつけるように
ラナムンを遠ざけてから、
すでに数日が過ぎていました。
ロルド宰相は、会議が終わっても
本宮に留まり、
ゲスターが帰ってくるや否や、
すすり泣きながら駆け寄ると、
ゲスターが
本当にやつれた顔をしている。
アトラクシー公爵のせいで、
ゲスターが、
どれだけ悔しかったことか。
皇帝がゲスターを信じてくれて
幸いだ。
やはり皇帝は英明だと、
ゲスターを抱きしめながら、
とめどなく泣いて喜びました。
しかし、これを見守る大臣たちは
微妙な表情をしました。
アトラクシー公爵と、
彼の少数の側近を除けば、
大臣たちは、
百花が真犯人であることを
知らなかったからでした。
そのため、皇帝がラナムンを冷遇し
ゲスターを連れ戻したのが、
贔屓をしているように見えました。
皇帝は、
今はラナムン様より、
ゲスター様の方が好きなようだ。
それでも、ある程度、公正なように
見せなければならない。
離宮に送った途端、
何ヶ月も経たずに連れ戻すなんて、
ラナムン様が悔しがると思う。
ゲスター様の
味方をするのはいいとして、
ラナムン様は何をしくじったのか。
一番目の皇女様のことで、
心を乱してから、
どれくらい経ったのか。
皇帝は、ゲスター様を
寵愛しているのではなく、
6番目の赤ちゃんのために、
こうしている。
などと、ひそひそ話しました。
それでも当分の間、
ゲスターの評価が上がることは
なさそうだったので、
アトラクシー公爵の一派は、
彼らのひそひそ話を聞きながら、
安心しました。
しかし、ラナムンは
人々が自分の味方をして
ひそひそ話をしてくれても、
不快な感情を
我慢できませんでした。
避妊薬事件の真犯人である百花は
宮殿を離れたけれど、
大きな罰を受けることはなく、
宿敵のようなゲスターは
皇帝が、これ見よがしに
騒がしく連れて来ようとした。
一方、皇帝はここ数日、
ラナムンを訪れることがなく、
彼が訪ねて行っても
会ってくれませんでした。
そんな中、
ゲスターが到着したという
知らせまで聞くと、ラナムンは
息詰まるような気持ちを
我慢できなくなり、
窓を大きく開けました。
遠くの湖で、メラディムが
楽しそうに泳いでいるのが
見えました。
メラディムの両腕の中には
4番目の皇子と
5番目の皇女がいました。
ラナムンは、
あんな風に生きるのも
悪くはないだろうと呟きました。
それを聞いたカルドンは、ラナムンに
水泳を習うのかと尋ねました。
ラナムンは、
頭のことだと答えると、
しばらく風に当たりました、
ところが、突然扉が開く音がして、
警備兵が「ゲスター様!」と
叫ぶ声が聞こえて来ました。
振り向くと、ゲスターが許可も得ずに
彼の部屋に入って来ていました。
人の部屋に
許可なく入って来るなんて
何をしているのかと、
ラナムンは抗議しようとしましたが
ゲスターが、
扉を片足でバンと蹴って閉めると
横に置かれた高価な花瓶を
蹴りました。
花瓶が飛んで粉々になると
カルドンは悲鳴を上げました。
ラナムンも呆れて
「ゲスター!」と叫びましたが
ゲスターは休むことなく、
部屋の中を壊し始めました。
一瞬、ラナムンは、
これが現実ではないという気がして
目の前が白くなりました。
カルドンも同じでした。
遅ればせながらラナムンは、
ゲスターが今、
猫かぶりをすることなく
乱暴を働いていることに
気づきました。
我慢できくなったラナムンは
「下衆ター!」と叫ぶと、
ゲスターの元へ駆けつけ、
彼の顔を拳で殴りました。
百花の目的は、
ラティルと大神官の子供が
皇帝になること。
だから、ザイシンが
ディジェットへ行くことで
長い間、2人が離れ離れになるのが
辛いのでしょうけれど、
ラティルが妊娠している間は、
ザイシンの子供を
妊娠することはないので、
その間に、ディジェットへ
行って来ることくらい、
どうってことないと思います。
とにかく百花は、
自分の願いをかなえたいなら
これ以上、
ラティルに嫌われるようなことを
しない方がいいと思います。
ゲスターに
一方的にやられてばかりいないで
ついに反撃したラナムン。
ゲスターに濡れ衣を着せたのは
良くなかったけれど、
それ以上のことを、ラナムンは
ゲスターにされているので、
その恨みを晴らしても良いと思います。