46話 エルナはビョルンと手を繋いで礼拝堂に入りました。
二度目の結婚式は、
生涯、やかましい関心と
豪華な格式の中で生きてきた
王子と姫の魂もすっかり抜けるほど
騒がしかった最初のものとは全く違う
本質に、もう少し近づいた儀式でした。
大司教が待っている壇上の前に着いた
ビョルンは、花嫁の方へ
ゆっくり体を向けました。
じっとエルナを見下ろしていた
ビョルンの口の端が
そっと曲がりました。
繊細で華やかなレースに
幾重にも囲まれた彼の花嫁は、
まるで大きな花のように見えました。
ふさふさした物が好きな田舎娘の好みを
古典美に昇華させた洋裁師の腕前に
喜んで拍手を送りたい
ウェディングドレスでした。
息を呑む招待客の視線の中で、
ビョルンは
花嫁の顔の上に垂れ下がった
ベールを持ち上げました。
結婚式の一つの過程であるだけで
すでに知っている顔を
あえて隠しておいたベールには
特別な意味や効用がないし、
しかも、
初めてではありませんでした。
ビョルンは、
ベールが剥がれた花嫁の顔を
淡々と眺めました。
ただそれだけなのに、エルナは
裸になったかのように
恥ずかしがりながら
あちこち視線を避けました。
ついには頬まで赤く染めたので
彼は再び笑いました。
結婚式が始まると、
硬直していたエルナは、
急に目を輝かせながら、
大司教の言葉に集中していました。
学究的な新婦に感化された大司教は、
普段の倍、情熱のこもった
長々とした言葉で応えました。
ビョルンは気まずそうな目つきで
理論にだけ明るい者と、
その理論に心酔した者の
熱い交感を見守りました。
エルナが小さく頷いて意志を固めると、
大司教の厳粛な顔が、
一瞬、穏やかになりました。
その反面、全く神の摂理を
受け入れられそうにない
新郎を見る目つきは冷酷でした。
大司教は、
「長い間」「永遠に」などの
言葉を出す時は
特に力を入れて目を開けて
ビョルンをじっと見つめました。
私の話を聞いていますか?
私の意図が分かりますか?
どうか結婚式の壇上で、
再び会うという不祥事が
起らないことを切に願う
大司教の厳しい視線にも、
ビョルンは、
はいはい。もちろんですと
終始、笑いで答えました。
最初の結婚式でも、
そのような笑みを見せた彼は、
4年後、
他の花嫁の手を握って現れたので
彼は動揺しました。
花嫁を気の毒に見ていた大司教は、
いつにも増して雄々しく
成婚を告げることで、
新しく誕生した夫婦を祝福しました。
鐘の音と
礼拝堂を埋め尽くした参列者の拍手が
鳴り響きました。
結婚式で、
花嫁が気絶したという噂まで
広めたくなかったので、
ビョルンは、軽く唇を合わせる程度に
エルナにキスをして、式を終えました。
ビョルンの唇が離れると、
エルナは慎重に目を開きました。
秋の光が宿った瞳が
宝石のように輝きました。
小さく首を傾げて、
何かをじっくり考えていたエルナは
一層硬くなった目つきで
ビョルンを眺めた後、
これ以上視線を逸らすことなく、
恥ずかしさと、ときめき、
恐怖と期待感が共存する顔で
微笑みました。
エルナ・デナイスタは美しいという
明確な事実に、ビョルンは
非常に満足していました。
結婚の準備をしている間、
数え切れないほど繰り返された
「ダメです」という言葉が
再び繰り返されました。
唯一、変わったのは、
「妃殿下」という呼称が
加わったことでした。
エルナは途方に暮れた目で、
断固として自分の意志を断った
フィツ夫人を眺めました。
お風呂ぐらいは一人で入れると
言っただけなのに、
反逆でも図ろうとした
罪人になった気分でした。
今や妃殿下は、
このシュベリン宮の女主人で
レチェンの第一王子妃であり、
大公妃なので、
それにふさわしい威厳を守る
責務を負っている。
一人で風呂に入ることが
大公妃の威厳に、そんなに大きな
支障をきたすことなのか
理解しにくかったけれど、
エルナは反論しませんでした。
元王子の乳母であるフィツ夫人は
王室の全幅の信頼を受けていて
フィツ夫人が
よく教えてくれるから
信じて従えば良いと、
王妃自ら助言してくれたし、
ビョルンの意見も同じでした。
だから、エルナにとっては
師匠であるわけでした。
実際、ここ数ヵ月間、
フィツ夫人は
無数の新婦の結婚準備を
引き受けてくれました。
フィツ夫人は厳格で冷酷だけれど
礼儀正しく品のある人でした。
バーデン男爵夫人は
フィツ夫人を良い人だと評価し、
良い人がエルナの面倒を
見てくれると思うと
ホッとすると言って
安堵の笑みを浮かべました。
フィツ夫人は、
もじもじしているメイドたちに
鋭い視線を送り、
当然すべきことをするようにと
静かに命令しました。
メイドたちは、
大公妃の入浴の準備をし、
エルナが気がついた時には、
多くの見知らぬ顔の前で、
裸になって、
香油と花びらで満たされた豪華な浴槽に
座らされていました。
それでも、羞恥心を感じる余裕さえ
なかったということが、
小さな慰めとなりました。
肩の上にお湯を注いでいたリサが
「大丈夫です。妃殿下」と
耳元で囁きました。
まだエルナが慣れていないその呼称を
リサは、とても誇らしく
自然に使いました。
エルナに 勇気を与えたいリサが
「大公妃殿下、最高!」という
目つきで熱烈に称賛するので、
エルナは、
さらに恥ずかしくなってしまいました。
エルナは、
水面を漂う花びらをいじりながら
早く時間が流れてくれることだけを
祈りました。
浴室から出て
大公妃の寝室に入ったエルナは、
その大きさに圧倒されました。
ハルディ家に移った時も
その規模と豪華さに驚きましたが、
ここは、
それとは比べものにならない
美しく豪華なものが
広い空間を満たしていました。
エルナの部屋だというけれど、
実際には、エルナの物など何もなく
大公妃のために改装されているけれど
その嫁入り道具を用意したのは
フィツ夫人、
正確にはビョルンでした。
自分の身一つで嫁ぐ
恥知らずの大公妃。
エルナは、レチェン人が
どのように自分を非難しているか
よく知っていました。
残念だけれど、
それは反論の余地のない真実でした。
田舎の家一軒を守る余力のない
バーデン家と、
破産寸前のハルディ家が
ビョルンに与えたのは借金だけ。
けれども、ビョルンは、
快く、それを引き受けてくれて
彼のお金のおかげで、
バーデン家の邸宅は
無事にエルナの所有となり、
ハルディ家は破産を免れました。
それに、何も持っていない
新婦の代わりに準備した
これら多くのものをすべて足せば、
一体、どれだけ大きな金額に
なるのだろうか。
エルナがボーッとしている間、
メイドたちは
甘い香油の香りが染み込んだ体に
パジャマとガウンを着せ、
ブラッシングをした髪を
リボンで結びました。
ずっと硬い表情をしていた
フィツ夫人は、
「安らかな夜をお過ごしください」
と言うと、
初めて穏やかな微笑を
見せてくれました。
エルナは、その時になって
ようやく他のメイドたちが皆
姿を消したということに気づきました。
扉が閉まり、一人残されたエルナは、
自らを励ますように深呼吸をしながら
じっくりと周囲を見回しました。
花で飾られたテーブルに置かれた
二つのグラスを見つけたエルナは、
思わず身を固くしました。
結婚して、
夫と夜を一緒に過ごすということが
どういう意味なのか、
エルナも大体は知っていました。
ただ、それが、自分とビョルンの間に
あることのようには
感じられないだけでした。
どうしたらいいのか分からず、
寝室をぐるぐる回っていた
エルナは、大きなベッドの端に
慎重に腰を下ろすと、
長かった一日のことを
思い浮かべました。
結婚式を終えた二人は、
屋根のない馬車に乗って
シュベリンの市街地を行進しました。
この都市のすべての人が
出て来たのではないかと思うくらい
多くの人々が集まっていました。
再び息切れがして眩暈がしましたが、
幸いにも、
エルナはよく耐えました。
しばらくは怖くて、
前だけを見ていましたが、
ある程度時間が経つと、
ビョルンが教えてくれた通り、
人々に向かって、
笑って手を振ることも
できるようになりました。
人々の鋭い反応に委縮したエルナは
歓呼ではなさそうだと囁きましたが
ビョルンは平然と微笑みながら
これもあれも、
聞き流せば同じようなものだと
答えると、
悪口のようなものを吐き出す
酔客に向かっても、
優雅な笑みとともに手を振りました。
エルナは、
時々大公妃の役割を忘れて
彼を見ました。
優雅な印象を与える顔。
すらりとした体型。
日光で染めたような淡い金色の髪が
本当に
柔らかく見えるという気がした瞬間、
エルナはビクッとして
視線を落としました。
まるで悪戯をしてばれた
子供になった気分でした。
宮殿に戻って
披露宴に参加している間も、
何度もそのような気分が訪れ、
その度にエルナは、
こっそりと視線を落としました。
姿勢を正して座り、
指先を見下ろしていたエルナは
思わず眠ってしまいました。
驚いて目を覚ましたのは
真夜中近くになってからでした。
どうやら、ビョルンは、
まだ帰っていない友人たちに
付き合っているようでした。
悩んだエルナは、
広々としたベッドの片方の端に
体を小さく丸めて横になりました。
「ダメです」と
フィツ夫人の厳しい声が
聞こえてくるようでしたが
耐えるには、
眠気と疲れが酷すぎました。
ちょっとだけ。
エルナは、そっと目を閉じました。
ビョルンは、午前0時過ぎに
寝室に上がって来ました。
ベッドに入る準備をし、
彼の世話をした使用人たちが退くと
マスタースイートは
深い静寂に包まれました。
ゆったりと羽織ったガウンの前を
ざっと整えると、ビョルンは、
二つの寝室をつなぐ通路を通って
大公妃の部屋に向かい、
ゆっくりと扉を開けました。
そして、
あまりにも静かな部屋の中を
注意深く見ていたビョルンは
ベッドの端に横になっている
エルナを発見しました。
ビョルンは、そっと歩きながら
ベッドのそばに近づきました。
エルナの上に彼の影が落ちても
彼女は、
なかなか目を開ける気配を
見せませんでした。
本当に眠っているということに気づくと
ビョルンはクスクス笑いました。
ビョルンは笑いが残った声で
気楽な花嫁を呼びました。
エルナは、
ビョルンの手が頬に触れた瞬間、
目を覚ましました。
ぼんやりしていた目に焦点が戻ると
エルナはびっくりして
悲鳴を上げました。
あまり愉快な反応では
ありませんでした。
ため息をついたビョルンは、
エルナの顔を包んだ手に力を入れて
逃げた視線を
自分の方へ引き寄せました。
「おはよう良い妻」と
ビョルンは、怯えた大きな目を見て
優しく挨拶しました。
結婚する前に
エルナはビョルンと
何回か会ったことがあるけれど、
それほど、長い時間ではなかったし
ボートに乗った時は、
花火ばかり見ていたので、
まともにビョルンの顔を見たことが
なかったのではないかと思いました。
そして、いつも窮地に陥った時に
助けてくれたので
ビョルンに対する憧れの気持ちは
あったかもしれないけれど、
恋をするまでには
至らなかったのではないかと。
もしくは、
好きになりそうになったことも
あったけれど、彼は王子様だからと
無意識に自分の気持ちにブレーキを
かけていたのではないかと
思いました。
けれども、結婚式を挙げ、
ビョルンの隣で
彼をまじまじと見た瞬間、
エルナはビョルンに
恋したのではないかと思いました。
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いつも、たくさんのコメントを
ありがとうございます。
背景画像は、
他のwebtoon作家さんから
買っているという
DUNE様のお話や、
マンガの素材があるという
midy様のお話に
目から鱗が落ちました。
エルナが食べているステーキが
他のマンガで使われていることに
気づくなんて、観察力が鋭いです。
でも、私も、
病院のシーンが出て来た時に
別々のマンガなのに、
患者の来ている病衣の柄が
同じであることは
不思議だと思っていました。
あとは、背景に、
子犬がいっぱい出てきたりとか。
そのような素材があること。
大変、勉強になりました。
さて、次回お待ちかねの初夜。
金曜日に更新いたします。