971話 外伝80話 ロルド宰相はラティルの後継者を、二番目の皇女と四番目の皇子に絞るべきだと主張しました。
◇アトラクシー vs. ロルド◇
ラティルは
ロルド家の復讐の矛先に気づき
息詰まる思いがしました。
常識的に考えても、子供四人が、
ぶつかったからといって
柱が折れるのは、おかしい。
ハラビーから、
直接話を聞いたはずのロルド家も、
この部分に、疑問を抱いただろう。
その結果、ロルド家は、
一番目の皇女の奇異な力のせいで
このことが起こったと
考えるようになったに
違いありませんでした。
二番目の皇女に
吸血鬼の血が混ざっていることを
知っている人は少なかったので、
ロルド家が
一番目の皇女の力を疑うのも
無理はありませんでした。
元々、ロルド家の人たちは
アトラクシー家と仲が悪かった。
そこへ、
ハラビーが大怪我をする事態が
起きたので、ロルド家は
アトラクシー公爵の孫たちが
後継者になることを
阻止しようとしているのだと
ラティルは考えました。
アトラクシー公爵一派と
ロルド宰相一派が、
鋭い言葉を交わしている間、
ラティルは
困惑した表情を隠すために
わざと無表情を装いましたが
胃もたれしそうでした。
柱を折ったのが
一番目の皇女なのか二番目の皇女なのか
分からない状況なのに、
一番目の皇女が、
この件を被ることになるなんて。
だからといって、
二番目の皇女も普通の人ではないので
一緒に攻撃しろと
言うわけにもいかないし、
こんなに困ったことがあるのかと
ラティルは悩みました。
事情を知っているタッシールは
ラティルを横目で見ながら
自分でも知らないうちに
首を横に振りました。
その時、アトラクシー公爵が
中央に走り出て来て、
普段より倍、大きな声で
「陛下!」と叫びました。
ラティルとタッシールは、
それぞれの考えから抜け出し、
彼を見ました。
アトラクシー公爵は、
今、ロルド宰相が、
とんでもない詭弁を弄している。
昨日のことについては、
自分もすでに聞いているけれど
喧嘩したのは、一番目の皇女と
三番目の皇子だけではなく
ハラビー・ロルドも
一緒に殴り合って喧嘩し、
一番目の皇女を押し退けた。
それなのに、
その子がしたことは抜きにして、
一番目の皇女と三番目の皇子の二人が
喧嘩したことになっている。
本当に二人が喧嘩したなら、
二人のうち一人が怪我をしたはず。
それなのに、
じっとしていたハラビー・ロルドが
怪我をしたと言っていると
主張しました。
侍従長も、
この件について、一番目の皇女と
三番目の皇子のせいにするのは
いけないと思う。
ハラビー・ロルドが怪我をしたのは
本当に残念なことだけれど、
ハラビー・ロルドの方へ
柱が折れたことを、
一番目の皇女と
三番目の皇子のせいにしてはいけない。
皇子は幼い子供で、
長子の一番目の皇女でさえ、
背が、自分の腰まで届かない。
その二人が、
大人四人でも壊せない柱を
どうやって折ったのか。
もちろん皇帝が、
一番よく知っていると思うと、
表面上、守っていた中立を破り、
横でアトラクシー公爵を手伝いました。
しかし、侍従長の言葉が終わるや否や
ロルド宰相の側近モシュル伯爵は
一番目の皇女に、
とても特別な力があるということを
自分たち全員知っているではないか。
大人たちが壊せない柱も、
一番目の皇女なら
壊せるかもしれないと
鋭い声で叫びました。
ラティルが我慢できずに
「自分のように?」と皮肉を言うと
モシュル伯爵は
すぐに口をつぐみました。
しかし、自分が正しいことを言ったと
信じている表情でした。
実際、その通りでした。
沈黙していた中立のセモル伯爵が、
たとえ一番目の皇女の力で
起こったことだとしても、
三番めの皇子がしたことではない。
一緒に喧嘩をしたという理由で
三番目の皇子まで責任を負うのは
あまりにも酷すぎる。
ハラビーさんも
三番目の皇子と一緒に喧嘩をしたので
三番目の皇子とハラビーさんに
違いはないと
慎重に言葉を挟みました。
アトラクシー公爵は
歯を食いしばりました。
中立のセモル伯爵でさえ、
柱が折れたのは
一番目の皇女のせいだと考えている。
ということは、他の大臣の多くも
同じことを考えているはず。
一番目の皇女は、この件から
抜け出せないのだろうかと
考えました。
アトラクシー公爵は、
ロルド宰相の口を
叩きつけたいと思いました。
公爵は、血が逆流するほど
苦しくなりました。
一番目の皇女と三番目の皇子の
両方とも自分の孫だけれど、
一番目の皇女は、
ラナムンが直接育てたので
赤ちゃんの時から、
よく会っていましたが
三番目の皇子には、
ほとんど会ったことがないので
当然、一番目の皇女の方へ
深い愛情を注いでいました。
しかし、この件に関して、
一番目の皇女が抜け出す方法が
どうしても見えませんでした。
一緒に喧嘩して起きた事故である上、
年も若いので
処罰を受けることはないだろうけれど
評価は大きく落ちそうでした。
この出来事の後、人々は
一番目の皇女を怪物のように
思うかもしれませんでした。
ロルド宰相は、
四人で喧嘩をしたとしても、
そもそも喧嘩を始めたのは、
一番目の皇女と三番目の皇子で、
二番目の皇女とハラビーは
それに巻き込まれただけ。
そして、
アトラクシー公爵とシャレー侯爵は
自分の意見を、
どんどん変に変えているけれど、
自分が一番目の皇女と三番目の皇子が
後継者になってはならないと
主張したのは、
同じ父親を持つ実の姉弟でありながら
大喧嘩をして
人を巻き込む性格のためだ。
自分がいつ、
一番目の皇女が奇異な力で
ハラビーを傷つけたので
後継者になってはいけないと
言ったのかと抗議しました。
アトラクシー公爵は
ロルド宰相を一発殴るような勢いで
彼を指差し、
そもそも、なぜ一番目の皇女が
柱を壊したと言うのかが
話にならない。
それに一番目の皇女と
三番目の皇子が喧嘩したと
言っているけれど、
一番目の皇女とロルドの姪が
殴り合って喧嘩をした。
ロルドの姪は、
皇女の勉強友達として来ているのに
皇女を侮辱し、押して、
悪口まで言った。
そうしているうちに喧嘩になり、
このことが起きた。
ロルドの姪が
怪我をしたという理由で
一番目の皇女を先に攻撃したことは
帳消しになるのかと抗議しました。
するとロルド宰相は、
自分の姪は一番目の皇女を
押したことはない。
それに、一番目の皇女とハラビーが
喧嘩したと言うけれど、
一番目の皇女と三番目の皇子の
仲が悪いことを知らない人は
ここにいないと反論しました。
アトラクシー公爵は
それを知りながら、ロルドの姪は
一番目の皇女の勉強友達として来たのに
三番目の皇子に味方をした
ロルドの姪は、
幼いうちから意地悪だ。
まさか友達として来たのではなく、
わざと仲違いさせに来たのかと
言い返しました。
ロルド宰相は、
そうでなくても怪我をして
驚いた子供に、
今回のことを押し付けるのかと
抗議しました。
それに対し、アトラクシー公爵は
先にロルドが一番目の皇女に、
すべてを押し付けている。
それにロルドの姪と
三番目の皇子が味方して、
一番目の皇女と喧嘩をしたことを
皆、知っているのに、
ロルドは三番目の皇子まで
一緒に攻撃している。
ロルド家には、
ネズミの尻尾ほどの信義もないと
罵倒しました。
それに対してロルド宰相も
罵り返しましたが、
ラティルが「止めろ!」と叫ぶと
二人は、あっという間に
静かになりました。
アトラクシー公爵は、
おとなしく元の場所に戻りましたが
ロルド宰相の表情は
良くありませんでした。
どうせ、皇帝も
一番目の皇女と三番目の皇子の
親なのだからと思いました。
ラティルは、すぐに大臣全員に
出て行けと叫びたい衝動を抑えました。
誤魔化すのはともかく、
無表情を装うのは簡単でした。
大臣たちは息を呑んで
ラティルを見ました。
ラティルは、しばらく考えた後、
今日は除外するつもりだった
他の案件から処理しよう。
アトラクシー公爵とロルド宰相が
そのように言い争いをするなら
会議場の外でやるようにと
指示しました。
会議を終えたラティルは
頭が石のように重かったので
執務室に戻りませんでした。
タッシールは寝室まで
ラティルを追いかけました。
ラティルがベッドに倒れると
タッシールは枕元に腰掛けて
彼女の首の後ろを押しながら
大丈夫そうに見えないので
大丈夫かと聞くことができると
言いました。
ラティルは、
頭痛が少し落ち着いて来ました。
ラティルは
タッシールの太ももを枕にして
横になりました。
タッシールは首から手を離し、
ラティルの髪を手櫛で梳きました。
彼女は、しばらくその手つきを
感じながら黙っていましたが、
ついに「あなたはどう思う?」と
力を込めて尋ねました。
タッシールは額にキスをし、
ラティルに布団を掛けてやると、
とりあえず一眠りした方がいい。
一時間でも寝れば、
もっと考えやすくなるだろうと
助言しました。
◇変化要因はない◇
ラティルを寝かせたタッシールが
執務室に戻ると、
ヘイレンは今日の会議の記録を
読んでいました。
彼は口角を上げながら、
これは本当かと尋ねました。
そして、記録を置くと
ピョンピョン跳びながら
タッシールのそばに走って来ました。
彼は喜びの表情を
隠すこともしませんでした。
彼は、本当に四番目の皇子が
皇太子になるのかと尋ねました。
タッシールは、
二番目の皇女と四番目の皇子の
どちらかが
後継者でなければならないと
ロルド宰相が主張したと
答えました。
ヘイレンは、
今回のことは、
一番目の皇女の仕業なのか
二番目の皇女の仕業なのか
分からない。
もし二番目の皇女の仕業なら、
また、無意識のうちに
事故を起こすかもしれない。
そうなると、四番目の皇子に
一番有利だと、
ますます快活かつ小さい声で
話しました。
タッシールはヘイレンの推測を
否定しませんでした。
実際、今回のことは
四番目の皇子にとって
非常に有利でした。
これは、ロルド宰相が
アトラクシー公爵を恨んで
やったことであり、
タッシールや四番目の皇子を狙った
罠でもありませんでした。
皇帝はロルド宰相の言葉に
無条件で従うだろうか。
一方、アトラクシー公爵は
じっとしているだろうか。
おそらく後継者候補から脱落するのは
一番目の皇女だけだろうと
タッシールは言いました。
ヘイレンは、
それでも長子という
一番強力な候補が減るので
いいではないか。
しかも三番目の皇子は、
正直、全然賢くないので、
後継者として残っていても
構わないと言いました。
しかし、タッシールは
首を横に振りながら
自分の机の前に座りました。
ヘイレンは、タッシールが、
あまり嬉しそうに見えないと指摘し、
慎重にタッシールを見ました。
しかし、彼を理解できませんでした。
ヘイレンは、
四番目の皇子が後継者になるのが
嫌なのかと尋ねました。
タッシールは、
自分の子供が皇太子になるのは
良いけれど、
この状況が良くないと答えました。
ヘイレンは、
訳もなく、自分一人が
非情な俗物になったような気がして
気分が悪くなりました。
彼はしょんぼりしてソファーに座ると
もちろん自分も一番目の皇女が
少し可哀想だと思うけれど
自分たちは四番目の皇子を
一番優先しなければならない。
それに一番目の皇女も、
どうせ若頭のことが好きではないからと
呟きました。
すると、タッシールは、
そのような意味ではない。
皇帝が苦しんでいるのに、
喜ぶわけがないと答えました。
ヘイレンは、
とにかく、後継者問題は
いつかは、解決しなければならないと
言いました。
タッシールは、
それだけではない。この件は、
二番目の皇女がしたことなのか
一番目の皇女がしたことなのか
分からないのに、このような状況で
一番目の皇女のせいにされれば、
皇帝は一番目の皇女に
大変申し訳なく思うだろう。
そのような状況で、
四番目の皇子は得をすることになる。
皇帝は一番目の皇女を可哀想に思い
自然にラナムンと彼女に
心を向けることになるだろうと
言いました。
ヘイレンは言葉を失いました。
彼は皇帝と結婚していないので、
そのような問題までは
考えたくなかったけれど、
客観的に見て、
皇帝の後継者になる方が
可哀想な子になるよりマシだと
考えました。
ヘイレンは記録を持って
こっそりと外に出ました。
とにかく、この問題で
彼とタッシールが前に出ることは
ありませんでした。
一番目の皇女は、今回の件で
後継者の座から完全に脱落するだろう。
ここに、変化要因は生じませんでした。
◇変化要因あり◇
会議の話を聞いたラナムンは、
今頃、両親は
とても怒っているだろうと
冷たく呟きました。
カルドンは、
泣きそうになっていました。
子供同士で喧嘩することもある。
一人で喧嘩したわけではなく、
四人で喧嘩したのに、
プレラが後継者の座から脱落したら
酷いと思いました。
30分近く経って、ラナムンは
ソファーから立ち上がると、
怒っていても仕方がないと
呟きました。
カルドンは、
プレラ様が可哀想なので、
この件は、絶対に
見過ごしてはいけないと
アトラクシー公爵に伝えて欲しいと
ラナムンに頼みました。
しかし、ラナムンは、
今後継者の座から
脱落したからといって、
すべての可能性が
終わるわけではない。
三番目の皇子もいるし、
四番目の皇子が
賢いだろうという期待も
子供ではなく皇配を見て
推測にしているに過ぎないと
言いました。
しかし、今、後継者が
決まっているからといって
その子が
即位するという保証はないとは
言いませんでした。
最も安定的だった元皇太子が退き
今の皇帝が即位すると、
誰も考えていなかっただろうし
このような話は
持ち出すべきではありませんでした。
ラナムンは
「コーヒーでも飲もう」と言うと、
カルドンは
飲み物と食べ物を持って来ました。
ところが、
しばらくコーヒーを飲んでいた時、
皇帝の秘書の中で
ラナムンと結託した人が訪ねて来て
皇帝が妊娠したかもしれないという
意外な話を伝えてくれました。
ラナムンは驚いて
「皇帝が妊娠?」と聞き返しました。
秘書は、
確かではないけれど、
皇帝が妊娠する度に出て来る症状が
見えたので、自分が一人で
推測したことだと付け加えました。
最初、ラナムンは戸惑って
何も言えませんでしたが
次第に彼の口元が
微かに上がり始めました。
もし、それが本当で、
後継者が決まれば、
ロルド宰相は地団駄を踏んで
後悔するだろう。
自分の孫が生まれて
後継者になることもできたのに、
その道を、自分の手で
塞いでしまったことになるのだからと
思いました。
なぜ、柱が折れたのか、
誰も分からないし、
もしかしたら、
クラインやカリセンに
恨みを抱いている人が
工事関係者にお金を払って
柱を一本、折れやすく作らせ
クラインに怪我をさせようと
狙ったのかもしれない。
それなのに、
プレラが赤ちゃんの時に
刃で人を攻撃したことを持ち出し
柱が折れたのは彼女のせいだと
決めつけるのは、
あまりにも酷いです。
それに、ラティルの前で、
子供を非難するのも酷いです。
それでも、
自分の子供を悪く言うなと
怒ることもなく、
一通り大臣たちの言い分を
聞いたラティルは
頑張ったと思います。
会議で辛い目に遭っても、
皇配がいるおかげで、
その辛さを分かち合えるのは
とても良いと思いました。