983話 外伝92話 お父様に八つ当たりをしないでと、プレラはラティルに頼みました。
◇不憫な子◇
ラティルは子供を見下ろしました。
プレラは、
かなり長い間泣いていたのか、
鼻が真っ赤になっていました。
ラナムンは、
自分が怒っていることに気づいて、
わざとプレラを
送って寄こしたのだろうかと
疑問に思っていると、プレラは
お父様は母陛下に
ずっと会いたがっていたのに、
母陛下はお父様の顔も
自分の顔も見ないで・・と言うと
しきりに、すすり泣きました。
ラティルは、ひとまず子供を抱いて
執務室の中に入りました。
皇帝の秘書たちは、
互いに相手をチラチラ見ました。
皇帝に付いて行くべきか、
それとも、ここに残るべきか、
悩みましたが、結局、秘書たちは
執務室の中に一緒に入りました。
彼らが出て行くことを望むなら、
皇帝が出て行けと言うだろうと
思ったからでした。
しかし、ラティルは
秘書たちに出て行けと言う代わりに、
机の上に子供を座らせ、
お父様がそう言えと言ったのかと
尋ねました。
プレラは否定しました。
ラティルは、
それならば、どうしてそう思うのかと
尋ねました。
プレラは、
お父様とカルドンが話しているのを
少し聞いたと答えました。
ラティルは、
自分がゲスターのことで
お父様に八つ当たりしていると
お父様が言ったのかと尋ねました。
プレラは否定し、カルドンだと答えると
膨れっ面で頭を下げました。
秘書たちは皇女の率直すぎる返事に
息を呑みました。
一方、ラティルは、
子供のいじらしい姿を見ると
気が弱くなりました。
どうしても寿命の問題があるため、
ラティルは、
プレラがよく遊んでよく笑っても
不憫に見えました。
今ラナムンと会うと、
きっとまた喧嘩するだろう。
しかし、喧嘩したくないからといって
ずっと会わないわけにはいかないと
思いました。
◇堂々巡り◇
結局、ラティルはプレラを宥めた後、
侍従に、ラナムンを呼んでくるよう
指示しました。
ほどなくして、
ラナムンが姿を現しました。
ラティルは、今度は秘書たちを
全員、外に出しました。
2人だけになると、ラナムンは
お呼びになったそうだと
つっけんどんに口を開きました。
ラティルは、
自分もラナムンが、
自分を訪ねて来たと聞いたと
言い返しました。
ラティルは
目の前の椅子に座るよう促すと
ラナムンは椅子に座りましたが、
相変わらず表情は、
来た時のように固まっていました。
ラティルは、
何を言えばいいのか分からず
しばらく黙っていました。
しかし、ラナムンが沈黙し続けるので
仕方なく、
なぜ、先程、自分の部屋に来たのかと
先に話しかけました。
ラナムンは、
避妊薬の件を取り上げたのは、
自分の父と親しい大臣なので
皇帝が自分に
怒っているかもしれないと思ったと
返事をしました。
ラティルは、
ラナムンも自分も知っているけれど
避妊薬の事件を起こしたのは、
ラナムンの父親だ。
先に持ち出した大臣は、
アトラクシー公爵の
操り人形のようなものだろうと
指摘しました。
その言葉に、
ラナムンが返事をしないでいると
ラティルは、
それが気になって来たのかと
尋ねました。
ラナムンは「はい」と答えました。
ラティルは、
なぜ、気になるのか。
自分がアトラクシー公爵に怒って、
ラナムンに
八つ当たりをすると思っているのか。
ラナムンから見ても
自分は騙されやすいのかと尋ねました。
ラナムンは、一体、プレラが
皇帝にどんな話をしたのか。
皇帝が何を知っていて
腹を探ろうとしているのか。
それとも、ゲスターのことで
気分が良くなくて、
あのように話しているのかと
混乱しました。
ラナムンが、
朝早くラティルを訪ねたのは、
彼女が、
ゲスターと避妊薬の件を
きちんと終わらせずに、彼を別宮に
送ってしまったからでした。
この、あやふやな態度に
ラナムンは警戒心が起きました。
そのため、ラナムンは、皇帝の態度を
もう少し確実に
確認したいと思いました。
まさか門前払いされるとは
思いませんでしたが。
しばらくしてラナムンは、
自分のことを怒っているのかと
率直に尋ねました。
ラティルは、それに答える代わりに
ゲスターは濡れ衣を着せられた。
ラナムンが、
これを知っているか知らないかによって
返事が違うだろうと答えました。
ラナムンはラティルの話を聞くと、
むしろ、すっきりしました。
やはり皇帝は、
ゲスターが避妊薬を使ったと
思っていなかったからでした。
それでは、なぜ皇帝は
ゲスターを信じながらも、
あえて別宮に送ったのだろうか。
ラナムンは、皇帝が
どこからどこまで知っているのか
気になりました。
ラナムンは、
なぜ、ゲスターが
濡れ衣を着せられたと思うのか。
ゲスターが避妊薬を使用した
確実な証拠がないからなのかと
尋ねました。
ラティルは、
その話は、会議場で、大臣たちと
数十回やりとりしているので
ここで、ラナムンとも
その話をしたくないと答えました。
ラナムンは、
自分は会議場にいなかったと
抗議しました。
ラティルは、
アトラクシー公爵から聞くように。
全部、教えてくれるのではないかと
勧めました。
ラナムンは、皇帝が自分のことを
皇帝の夫ではなく、
アトラクシー公爵の息子として
扱っていると非難しました。
何度か言葉を交わしているうちに
ラティルは、プレラの話を聞いたことを
後悔しました。
やはりこのような状態では、
ラナムンと話をしたところで
ストレスを受けるだけでした。
ラティルは、
ラナムンとも喧嘩をしたくないと
言いました。
ラナムンは、
会いたくなくて、
門前払いまでしたくせに
なぜ自分を呼んだのかと尋ねました。
ラティルは、
プレラがラナムンに
八つ当たりしないでと、
泣いていたからだと答えました。
ラナムンはラティルに謝り、
これからは、子供に聞こえないように
気をつけて話をすると言いました。
ラナムンも、ラティルとの会話に
疲労感を覚えているのは同じでした。
結局、彼は、堂々巡りの話に耐えられず
椅子から立ち上がると、
皇帝は仕事があるので、
自分はもう行くと言いました。
しかし、ラティルは
ラナムンを解放せず、
ゲスターが
濡れ衣を着せられたことを
知っていたのかと尋ねました。
ラナムンは再び振り向いて
ラティルを見つめました。
彼女は厳しい視線で
ラナムンを見つめていました。
もし、ラナムンが知っていて
そうしたのなら、
本当にがっかりするだろうと
思いました。
ゲスターに酒を飲ませて
本音を探らなかったら、
今回もラナムンに酒を飲ませて
本音を探ったかもしれませんでした。
ラナムンは、
どうだと思うかと尋ねました。
ラティルは、
違うことを願っていると答えました。
ラナムンは、
それでは違うことにする。
どうせ、このような質問は
自分の答えより、
皇帝の意思が一番重要だからと
言いました。
ラティルは、
ラナムンでも、アトラクシー公爵でも
本当に避妊薬を使った人が誰なのか
知っているかと尋ねました。
ラナムンは、
よく分からないと答えました。
ラティルは、
ラナムンの父親は知っているはずだと
指摘しましたが、ラナムンは黙礼し
執務室の外に出ました。
ドアの外で、中途半端に集まって
立っていた秘書たちは、
ラナムンに挨拶してから
再び、執務室の中に入りました。
ラナムンは、重い足取りで
自分の部屋へ向かいました。
多くの状況証拠があるにもかかわらず
依然として、皇帝が
ゲスターを信じる理由が
分かりませんでした。
依然として皇帝は、ゲスターが
羊のようにおとなしい男だと
信じているのだろうかと
思いました。
◇退かない公爵◇
それから数日過ぎても、
依然としてアトラクシ一派と
中立派の大臣たちは、
今回の避妊薬事件を
見過ごしてはならないと主張し、
彼らはゲスターが
子供を育ててはいけないと
繰り返し訴え続けました。
幸いにもゲスターが消えた知らせは
グリフィンを通じて、
先に聞いていたので、
ラティルは別宮の人々の口を塞ぎ、
知られないようにしました。
もし、大臣たちが、
そのことまで知ったら、おそらく、
養育権を剥奪しようという提案は
さらに激しくなったはずでした。
これまでラティルは、
アトラクシー公爵を呼び、
何度も避妊薬を使った真犯人について
問い詰めました。
しかし、アトラクシー公爵は
決して言いませんでした。
公爵は、間違いなくゲスターが
避妊薬を使ったと断固として主張し
少しも隙を見せませんでした。
しかし、アトラクシー公爵も
最初の時のように
気分が良くありませんでした。
彼もプレラ皇女が、執務室の前で
泣き喚いたことを聞いたためでした。
その上、皇帝が、数日間、
ラナムンやプレラ皇女を
訪ねていないと聞くと、
公爵も気になりました。
公爵は、皇帝が
ラナムンとプレラを通じて
自分に圧力をかけていると考えました。
しかし、公爵は退きませんでした。
次に、ロルド宰相が
どんな手を使うか分からないので、
勝機をつかんでいる今、
引き続き、雰囲気を盛り上げなければ
なりませんでした。
そんなある日、ラティルは夜遅く、
衝動的にゲスターを送った別宮を
訪ねました。
もしかすると、ゲスターが
まだ別宮の中にいるかもしれないと、
漠然と考えたからでした。
彼が別宮の中を密かに歩き回っていて
自分を見れば、怒りながらも
姿を見せるのではないかと
期待していました。
しかし、最初の期待とは裏腹に、
ラティルがあちこち歩き回っても
ゲスターは姿を見せませんでした。
「ロード」と呼びながら現れる
ランスター伯爵もいませんでした。
ラティルは、
ゲスターが寝室として使っている
部屋の中まで入りましたが、
誰も見つけられず、
非常にがっかりしました。
一体どこへ行ったのだろうか。
まさか本当に
どこかへ行ってしまったのか。
その時、怒ったラティルの視野の中に
鉛筆立てと、その中に入っている
太いペンが見えました。
ラティルは何も書かれていない
黄色っぽい紙の上に
ペンで「馬鹿な馬鹿」と書いて
大きな窓に貼ってしまいました。
それでも足りなくて、
何枚か同じように書き、
あちこちの大きな家具に貼りました。
もし少しでも、ゲスターが
この部屋に立ち寄るならば、
どこでも、真っ先に、その文字を
見られるようにするためでした。
作業が終わると、
ラティルは鼻で笑って部屋を出ました。
しかし、気分はすっきりせず、
依然として憂鬱でした。
ラティルは、
お前のお父様を見てみろ。
中身が雀の糞ほどの大きさだ。
今度戻って来たら、
ゲスターではなく、
スズメスターと呼ばなければと
お腹の子供に話しかけました。
◇悪霊の噂◇
ラティルはランブリーに
ゲスターを探してみてと
催促すると、ランブリーは、
元々、あいつは自分勝手だから
全然気にすることはない。
今まで、よく本性を抑えていたと
クスクス笑いながら
平然と言いました。
実際、ランブリーは、
全くゲスターのことを
心配しているようには
見えませんでした。
ゲスターが消えたことを
気にしているのは
ラティル一人だけでした。
皇配であるタッシールでさえ、
ゲスターは、どこにいても
元気にしていると思っていました。
ラティルは、自分もゲスターが
どこかで怪我をしたのではないかと
心配しているわけではない。
ただ姿が見えなくて、
どこにいるのか分からないので
半分心配し、半分腹を立てていると
サーナットに訴えました。
しかし、ゲスターは
依然として姿を見せず、
その代わりに、
呆れたニュースが聞こえて来ました。
ラティルがサーナットの部屋で
彼が定期購読している雑誌を
読んでいた時のこと。
再び大変動を起こした
側室の人気ランキングを見た後、
何ページかめくると、
変な内容が目に入りました。
「これは何だ?」と言って
ラティルは雑誌に目を近づけました。
そんなことをすれば、
もっと見えないのではないかと
サーナットが、からかいましたが
ラティルは記事から
目を離すことができませんでした。
ラティルが記事に集中しているのを見た
サーナットは、気になって
そばに近づきました。
ラティルが見ていたのは、
ある伯爵の邸宅に現れるという
悪霊に関する記事でした。
そこの使用人たちは、
あちこちから飛び出てくる悪霊のため
怖くて死にそうだと、
匿名で訴えていました。
サーナットは爆笑すると、
大したことではないだろう。
危険なら、
すでに届けているだろうから
ゴシップ誌に掲載されていないはずだと
言いました。
しかし、ラティルは
顔を歪めたままでした。
もしかして、
ゲスターの仕業ではないかと
考えたからでした。
ゲスターは、
避妊薬事件を主導した
アトラクシー公爵が
馬車に乗って旅行へ行けば
馬車事故を起こして死なせてやると
心の中で言っていました。
また、公爵の操り人形になって
この件を主導したシロド伯爵の家に
悪霊を放してやると言っていました。
この雑誌に書かれている
「悪霊で苦労している」という家も
伯爵家でした。
そして悪霊が出た時期は
ゲスターが別宮に行った翌日でした。
ラティルが訝しがっていると
サーナットは、再び真剣な表情をして
雑誌を一緒に見下ろしました。
ラティルは首を横に振り、
雑誌を閉じると、
サーナットに渡しました。
しかし、ラティルは、ゲスターが
その伯爵家にいるかもしれないという
気がして、グリフィンに、
こっそり、その伯爵家に入って、
ゲスターがいるか見て来るよう
指示ました。
グリフィンは、
悪霊だけ放って行ったと思うと
言いましたが、ラティルは
念のために行って来てと指示しました。
数時間後に戻って来たグリフィンは
人間が怖がって暴れる姿が
本当に面白かったと
満足そうに報告しました。
ラティルは、
ゲスターのことを聞きましたが、
彼は、その伯爵家にもいませんでした。
結局、ラティルは
カルレインとギルゴールを訪ね
ゲスターは、
今頃どこにいると思うか。
それとも、ランスター伯爵・・・
いえ、狐の仮面なら
今、どこにいると思うかと尋ねました。
ところが意外なことに、
2人とも知らないと答えました。
ギルゴールは、
ゲスターとは少し仲良くなったけれど
猫をかぶることが多くて分からない。
狐の仮面とは親しくないので
分からないと答えました。
カルレインは、
昔も今も親しくないので
分からないと答えました。
ラティルは、
500年前からの知り合いではないのか。
2人で一緒に、ランスター伯爵の所へ
行ったではないかと、
気まずそうに尋ねました。
親しくなくても、
500年間味方だったら、
お互いのことを、必要以上に
知ることになるのではないかと
思いましたが、ギルゴールは
500年前は味方ではなかった。
最初はカルレインの側にいたけれど
後にドミスと対立したことを
思い出しました。
ギルゴールは
ラティルの言葉を聞き流しました。
彼は、
しきりに髪の毛が抜ける頭の形の花を
真剣に観察するのに忙しくしていて
最初からゲスターには
関心がない様子でした。
代わりにカルレインが、
用事があって会う時でなければ、
狐の仮面とはあまり話さない。
彼は1人で時間を過ごしていた。
自分たちとは、
あまり付き合わなかったと答えました。
ラティルはギルゴールの腕を振ると
ギルゴールはカルレインより
狐の仮面と長く付き合っていたのに
ギルゴールも知らないのかと
尋ねました。
ところが、ギルゴールから
意外な返事が帰って来ました。
タッシールや他の側室たちは
ゲスターがいなくなって
せいせいしている感がありますが、
ラティルは、
ゲスターの恐ろしい心の声を
聞いたにもかかわらず、
彼のことを嫌がるどころか、
心配しているのがとても不思議です。
結局、ラティルは、
ゲスターが、どんな人であろうと
彼のことが好きだという気持ちは
変わらないということなのかなと
思いました。