33話 ウォルター・ハルディは怒り心頭です。
今日のタブロイド紙には、
グレディス王女とエルナを
比較する記事が
堂々と載っていました。
比較と言っても、1から10まで、
いちいちエルナを貶める記事でした。
浅薄で愚かだ。
あれだけ警告したのに
理解できなかったのかと
ウォルターは怒りを込めて
言葉を吐き出しました。
ズキズキする額を押さえていた
ブレンダは、
酒瓶を手に取った夫の手首を
慌ててつかむと、
落ち着くように。
レマン伯爵のことを考えて。
まだ、全て終わったわけではないと
宥めました。
「レマン」と
暗黒の中の一筋の光のような
その名前を繰り返したウォルターは
ようやく悔しさを和らげながら
酒瓶を下ろしました。
あのように騒々しい祭りの夜を
過ごしたのだから、
王子とエルナのスキャンダルが
再浮上したのは
当然のことだけれど、
そのスキャンダルが
レチェン全域に広がり、
民心を沸かせるとは
誰も予想できませんでした。
元夫を許し、
よりを戻す決心をした、
元妻グレディス王女の前で
これ見よがしに
他の女と遊んだ王子に向けた非難が
ますます激しくなると、王女が、
直接釈明に乗り出したのが禍根で
特に、死んだ子供に対する言及が
致命的でした。
ビョルン王子は、
自分の子供も無視した冷血漢だという
最も大きな非難を受けている
噂に対して、王女は
自分たちは離婚したものの、
彼は、その後も、
子どもに変わらぬ関心を示し
葬式にも静かに出席してくれた。
だから、悔しくなる非難を
止めてほしい。 彼もまた、
愛する子供を失った傷を持つ父親だ。
よりを戻すことも、
強要できる問題ではない。
彼がハルディ家の令嬢を選ぶなら、
自分は喜んで
その意を尊重するだろうと
インタビューに答えました。
その記事を掲載したのは、
レチェンで最も権威のある
新聞社だったので、
数日の間に王国全体に広まりました。
自分にそのようなことをした
元夫はもちろん、
彼の恋人まで庇おうとする姫が
高潔になった分、
彼女の恋敵であるエルナは
自然に奸悪となりました。
レチェン人たちは、
大公と王女が
よりを戻すのを妨げる魔女を
火刑台に立たせ、
火あぶりにする勢いで
憤っていました。
状況がこのように悪化すると
エルナを欲しがって
近づいて来た者たちも
1人2人と手を引き、あとは
余命いくばくもないおかげで、
世間の評判に無頓着な
あの年寄りしか
残っていませんでした。
レマン伯爵が望むのは、
生涯の宿願である息子を生んでくれる
若くてきれいな女性なので、
まさか、このことで
白紙に戻すことはないだろう。
そうでなければなりませんでした。
しかし、メイドが運んで来た
レマン家からの手紙には、
エルナに会うことになっていた
今日の晩餐会に、
レマン伯爵が「参加しない」と
不愛想に書かれていました。
あえて、
礼儀をわきまえる気がなさそうな
手紙の背後にある意味を
理解することは、
それほど難しいことでは
ありませんでした。
結局、最後の入札者まで去り、
彼らが野心的に準備した売り物が
結局、流札されました。
彼らに残った未来は破産。
最後の勝負手を打つために
無理に金を融通したので、
その日は、
予定より早く訪れるはずでした。
ウォルターは震え始めた手で
酒瓶を乱暴にひったくりました。
子爵夫人は、もはや彼を
引き止めることができませんでした。
大きな衝撃に耐え切れず、
寝たきりのバーデン男爵夫人は、
午後遅くになって
ようやくベッドから出ました。
疲れ果てた姿をしても、
彼女は老眼鏡をかけ、
身なりを整えました。
しかし、エルナのことを思い出すと
ようやく止まった涙が
再び流れ始めました。
バーデン男爵夫人は
寝室の窓際に置かれた
ロッキングチェアに座り
しばらくすすり泣きました。
すぐにハンカチは、
涙でびしょびしょになりました。
昼食を抜いた
バーデン男爵夫人のことが心配で
訪ねてきたグレベ夫人は、
まだ言葉を口にすることができず
深いため息をつきました。
彼女の目も赤く染まっていました。
足りない食料品を買うために
久しぶりに町に出かけた
ラルフ・ロイスは、
青天の霹靂のような知らせを持って
息を切らして帰って来ました。
あの不愛想な男が、
うちのエルナお嬢さんがと言って
泣き顔で差し出した新聞には
グレディス姫の写真が
大きく載っていました。
最初それを受け取った時は、
もしかして、この哀れな人は
もうろくしたのではないかと
心配しましたが、記事を読むと
グレベ夫人は、
頭を金づちで一発殴られたような
衝撃を受け、
家の中に駆け込みました。
そして、ハルディ家の令嬢の話が
盛り込まれた新聞は、男爵夫人の手に
渡ることとなりました。
彼女が心臓麻痺を起こさなかったのは
まさに神のおかげでした。
どうしても食事を勧められなくなった
グレベ夫人は、
男爵夫人のそばに座りました。
エルナが
そんなことをするはずがない。
これは何か間違っていると
男爵夫人が呟くと
グレベ夫人は躊躇わずに同意しました。
村人たちがの邪悪な噂を
ただ聞いていただけの
もどかしいラルフのことを思うと、
グレベ夫人は、
今でも怒りがこみ上げるほどでした。
元気に過ごしている。
体にも気をつけているし、
都市に、うまく適応して
友達もできて、
珍しくて良いものも
たくさん見物していると、
明るく楽しい話でいっぱいだった
孫娘の手紙を思い出すと、
男爵夫人は、
再びすすり泣き始めました。
見守っていたグレベ夫人も
泣き出しました。
男爵夫人は、
ウォルター・ハルディの仕業だ。
あいつが、うちのエルナを
こんな風にしたに違いないと
言葉を吐き出しました。
熱い涙を流す彼女の目に
怒りがこみ上げて来ました。
父親のそばで暮らしてみるという
エルナを、頑強に
引き止められなかったのは、
内心それが、あの子の将来に
役立つかもしれないと
思ったためでした。
バーデン男爵は、亡くなる前に
あの子をいつまでも
この辺鄙な所に
置くわけにはいかないと
よく言っていました。
しかし、エルナは彼らの全てだったので
あの子のいない人生を
どうしても考えることができず、
ずるずると先延ばしにしているうちに
あの小さな子供は、
いつの間にか成長し、
お嬢さんになってしまいました。
だから、身を切る思いで
エルナを送り出す決心をしました。
ウォルター・ハルディは非情だけれど
それでもエルナの父親だから、
今からでも気を引き締めて
親の役割をしてみるというのは
幸いなことでもありました。
でも、元の性格は変わりませんでした。
上品な淑女の本分を
しばらく忘れたバーデン男爵夫人は
歯ぎしりしながら、
グレベ夫人と目を合わせ、
エルナを救わなければならない。
絶対に、アネットのように
不幸にさせておくわけにはいかないと
厳粛に宣言しました。
最近の騒ぎを見守っていたビョルンは
グレディスが非常に強くなれるのは
悪意がないからだという結論を
下しました。
すでによく知っていた事実だけれど
最近の行動を見ていると
一層強くなって帰って来たようで
少し畏敬の念を抱くほどでした。
今日の新聞を
ベッドの端に投げつけたビョルンは、
ヘッドクッションに体をもたせかけ
非常に遅いモーニングティーを
飲みました。
おそらくグレディスは、心から、
非難される元夫を
庇いたかったのだろうし、
自分のせいで、
まな板の上に乗せられた
ハルディ家の令嬢も
助けようとしたのだろうと
思いました。
ビョルンは、その本心を
誤解しませんでした。
ただ軽蔑しているだけでした。
ビョルンは長いため息をつくと
窓の外を見ました。
暴風雨を予感させる天気でした。
愛する子供を失った傷を持つ父親。
グレディスの巧みな嘘が
ふと思い浮かぶと、
プッと笑いがこぼれました。
偽りより残忍な真実で
相手の息の根を止めた姫が、
今や偽りまで身に着けたとは。
真実と偽りを緻密に織り交ぜ
相手を縛り付ける技術は、
まさに職人の境地に達したと
称賛するに値しました。
ラルスの国王は、
娘を再びレチェンに
売ろうとするのではなく
王冠を譲るべきだ。
このように立派な戦略家である王女を
たかが結婚商売に
利用しようとするなんて
涙ぐましいと思いました。
濃いお茶が、
眠気の残っていた意識を
目覚めさせると、ビョルンは
ゆっくりとベッドから起き上がり
ガウンを羽織りました。
ビョルンは葉巻を1本くわえたまま
曇った午後の風景を眺めました。
火を点けなかったことに気づいたのは
エルナの名前が
突然浮かんだ瞬間でした。
窓を閉めたビョルンは
火を点けなかった葉巻を
テーブルの上に放り投げたまま
浴室に向かい、普段より少し長く
シャワーを浴びました。
グレディスのインタービュー記事は
最も権威のある新聞に
掲載されたのですね。
多くの人の目に留まるし、
タブロイド紙よりも
信頼されているでしょうから
グレディスの悪意のない気持ちを
伝えるには、
最適の媒体だったのかもしれません。
確かに、この記事を読んだら、
誰もグレディスが
悪意を抱いているなんて
思わないはず。
けれども、後の話で、グレディスは
新婚旅行に出発する
エルナとビョルンと同じ船に乗ったり
船の上でエルナに意地悪をしたり
カレンを使ってエルナを呼び出して
意地悪を言ったりと、
悪意に満ちたことを
たくさんしています。
ビョルンがグレディスのことを
戦略家だと思っているなら、
彼女は、権威ある新聞に
自分のインタービューを載せれば
どのような反応が返って来るか
ある程度、想定できたはず。
この時点でも、グレディスは
悪意があったのではないかと
思います。
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いつもたくさんのコメントを
ありがとうございます。
今日は節分。
2月3日でないのが変な感じがしますが
この先、およそ30年、4年に一度は、
節分が2月2日になるのだそうです。
2021年も2月2日だったそうですが
全然、記憶にありませんでした(^^;)
それでは、今日が皆様にとって
良い1日となりますよう
お祈り申し上げます。