985話 外伝94話 ドミスの向こうに現れた彼女とは?
アウエル・キクレンの全ての行動は
好奇心で決定されました。
1つの体の中に、
2つの心を初めて感知した時、
ランスター伯爵は、思わず、
ロードは、ロードの中に
誰を連れているのかと
聞いてしまいました。
先ほどドミスが、彼に向かって
敵意を見せたことは知っていましたが、
質問せずにはいられませんでした。
彼は、自分と似た存在を見たのが
初めてでした。
ドミスは階段を下りる途中で振り返り
どういうことかと尋ねました。
彼女は、ひどく眉を顰めていて
彼と会話もしたくない様子でした。
ランスター伯爵は、ドミスの中で
自分を見守る誰かに
手を伸ばしました。
あれは何だろう?
自分みたいなものかな?
人間? それとも他の存在?
しかし、手が届く前に
ドミスは冷静にその手を叩き、
「ふざけるな」と
鋭い声を浴びせました。
ランスター伯爵は、
そっと手を下ろしました。
ランスター伯爵は、
ひどい。
自分に対する信頼が全くないと
非難すると、ドミスは、
ランスター伯爵を信頼する方が、
もっとおかしいだろうと
冷たく皮肉を言いました。
それはそうだと、ランスター伯爵は
素直に認めました。
前世で友達だったのが不思議なほど
ドミスと彼は気が合いませんでした。
初対面から良くなかったし、
以後も、ぎくしゃくしました。
にもかかわらず、ランスター伯爵が
まだここに残っている理由は、
前世で友人だった彼女を
面倒くさがって放っておいて
死なせてしまったことを
少し後悔しているのと、
ロードと対抗者の戦いに、
初めて参加してみることへの
好奇心でした。
もし、この2つの理由がなければ、
ランスター伯爵は面倒くさくて
やめていたはずでした。
ドミスは、
ランスター伯爵を信じないと
冷たく言って、背を向けました。
彼女の目を、注意深く見つめていた
ランスター伯爵は、残念そうに
彼女の後頭部を見つめました。
しかし、急いでいませんでした。
ドミスの中に
彼のような存在がいるなら、
いつか再び存在を現すかもしれないと
思ったからでした。
その後、ランスター伯爵は
再び好奇心を抱きながら
ドミスを見守り始めました。
いつどこで、
その存在が現れるか分からないので
よく観察しなければなりませんでした。
しかし、ドミスは
邸宅を歩き回ったり、
庭を通り過ぎながら、彼と目が合うと、
殺伐とした表情をするだけで、
その中に、
他の存在は見えませんでした。
その代わり、カルレインが、
ご主人様と何度も目が合ったら、
一発、殴ると、
ご主人様が言っていたと、
真剣に忠告してくれました。
ランスター伯爵は、
それならロードが、自分を
見なければいいのではないかと
提案しましたが、カルレインは、
ご主人様が殴る前に、
自分が先に殴ると警告しました。
ランスター伯爵は、
カルレインが大柄で
大きな狼のような外見をしながら
忠誠心の強い犬のように
振る舞っていると思いました。
しかし、
表向きは親切そうに笑いながら、
分かった。 目は見ないと
承諾しました。
そんなある日。
ドミスと向かい合って
お茶を飲みながら話をしている時、
突然、ドミスの目の中に
浮かび上がって来るように
その存在が現れました。
前のあの子だと
ランスター伯爵は、
笑いながら呟きました。
しかし、今回もその存在は
自分を表に出さずに
ドミスだけが
怒ることになると思いました。
ところが、意外にもトミスは、
これが、
どういうことなのか分からないと、
とんでもない言葉を呟きました。
これは、ドミスの言葉ではない。
それでは、
その存在が言った言葉なのだろうか。
その上、その存在は、
自分が話せているとは
思っていないようでした。
彼女は言葉を吐くや否や、
目を大きく見開き、
「声が出るの?」と叫ぶと、
テーブルが揺れ、
お茶がこぼれるほど、
急に立ち上がりました。
「動ける!」
その存在は、再び座りながら
叫びました。
実に気が荒っぽい性格で、
ドミスとは全く違っていました。
しかし、ランスター伯爵は
その行動を見て訝しがりました。
体を動かしただけで
あんなに不思議に思うなんて。
自分のような存在だと思っていたのに
それとは、また違うのだろうか。
そのような存在なら、
体を動かしただけで、
あれほど大きく反応するはずがない。
それでは、あれは何なのだろう?
ランスター伯爵の頭の中で、
今まで積み上げて来た知識が
流れ始めました。
怪物?二重人格ではない。
だからといって、他の魂でもない。
彼の視線は、
手をあちこち動かしてみる
「ドミスの中の存在」から
離れませんでした。
その瞬間。 その存在が
こちらを見ました。
あまりにも、
堂々と見てしまったのか。
ランスター伯爵は、
しまったと思いました。
彼は、
すでにドミスと仲が悪かったので
後で、どうなろうと、一応今は、
あの興味深い存在に、
冷遇されたくありませんでした。
すぐに結論を下した彼は、優しい声で
あなたは
自分以上に不思議がっているので、
相対的に考えれば、自分の方が
落ち着いているようだと言うと、
それが通じたのか。
ドミスの中の存在は、
しばらくランスター伯爵を見た後、
自分を指差しながら、
自分は今、ドミスなんだよね?と
尋ねました。
自分も今からそれを
一緒に調べたいという知的興奮を
彼は抑え込みました。
好奇心をそそる相手を
怖がらせることはできませんでした。
彼は浮き浮きした心を抑えるために
コーヒーを一口飲みました。
その効果があったのか、
あなたはロードなのにロードではない。
しかし、確かにロードではあると
かなり落ち着いて
話すことができました。
それに、彼の声は、
興奮しているようには
聞こえませんでした。
しかし、相手は、少しぼんやりとした
性格のようでした。
ランスター伯爵が、こんなに物静かに、
落ち着いた雰囲気で声をかけたのに
その言葉を
全く理解できない表情をしていました。
ドミスの中の存在は、
今、あなたが何を言っているのか
全く分からないという目で
彼を見つめました。
あまりにもドミスと違うので
ランスター伯爵は
我慢できずに立ち上がり、
彼女の頭の横に、
顔を突き出しました。
匂いを嗅ぐためでした。
しかし、まともに嗅ぐ前に、
ドミスの中の存在は、
砂浜に打ち上げられた魚のように
バタバタしながら、
何をしているのかと尋ねました。
相手が、あまりにも驚いた様子なので
ランスター伯爵は
元の席に座りながら
匂いを嗅いだと答えました。
ドミスの中の存在は、
それは自分も分かっていると
返事をしました。
ランスター伯爵は、
せっかく優しいふりをして
話しかけたのに、
ドミスの中の存在を
驚かせてしまったことを
後悔しました。
そのせいで、あの存在が、
ドミスの中にすっぽり入って
返事もしてくれなくなったら、
どうしようと思いました。
ランスター伯爵は、
再び親切そうな仮面をかぶりながら
あなたは、
ドミスによく似た
いい匂いがすると言いました。
ドミスの中の存在は、目を丸くしながら
同じ体なのに、匂いが違うのかと
尋ねました。
なぜ、ドミスの中の存在は、
同じ体であることを認知しているし、
その体の持ち主が
ドミスであることも認知しているのに
なぜ、その体を動かせるとは
思わなかったのだろうかと
ランスター伯爵は考えました。
ランスター伯爵は頭を回転させながら
ロードが森のような匂いがするなら、
あなたは、
夜明けの雨のような匂いがすると
誠実に答えました。
ドミスの中の存在は、
どちらの匂いが好きなのかと
尋ねました。
ランスター伯爵は、
自分の好みを聞いているのかと
聞き返して、微笑みました。
ドミスの中の存在は、
恥ずかしそうに目を丸くすると
手を差し出して、
鏡を貸して欲しいと頼みました。
ランスター伯爵は下女長を呼び
鏡を持って来るよう指示しました。
ドミスの中の存在は
元々、下女長は
別の人ではなかったかと
驚いた声で囁きました。
ランスター伯爵は、その質問から
かなりの情報を得ましたが、
まだ、調べたい情報が
たくさんありました。
いつも理性を保ちながら、
ドミスの中にいるわけではないのか。
ドミスの中にずっといるのに、
理性がある時もあれば、
ない時もあるのだろうか。
それともドミスの中に
ずっといるわけではないのか。
しばらくして、ドミスの中の存在は
手鏡に自分の顔を映しながら、
本当にドミスだ。
一体、どうしたのだろうと呟くと、
前後の状況を教えて欲しいと
頼みました。
ランスター伯爵は、
自分も聞きたいことが多いけれど
見たところ、あなたも多そうだと
返事をしました。
ドミスの中の存在は、
あなたは頭がいいので、
先に話してくれと要求しました。
ランスター伯爵は笑い出しました。
ドミスが、自分に対して
あのような肯定的な評価を
するはずがないのに、どうやって
ドミスの中の存在は、
自分が賢いことを知ったのだろうかと
思いました。
いずれにせよ、ランスター伯爵は
相手が望む通りに、現在の状況について
簡潔に話してやりました。
話が終わると、ドミスの中の存在は
自分の額を押えて
深刻な表情をしました。
どうして、あんなに深刻な
表情をしているのだろうか。
ランスター伯爵は、
彼女に聞きたいことが同時に数十個、
思い浮かびました。
ランスター伯爵は、
今度は自分が聞く番だ。
あなたは誰だと尋ねました。
しかし、相手は、とても身勝手で
ランスター伯爵には
あれこれ聞いておきながら、
彼が「あなたは誰だ」と聞いても、
答えたくなさそうでした。
ランスター伯爵は、
自分は全部話したのにひどいと
非難すると、
あれこれ相手を説得した後、
やっと20の質問をする機会を得ました。
しかし、全力を尽くして
相手から聞き出した情報に
ランスター伯爵は、さらに呆れました。
「あなたの子孫の妻」と聞いた時、
ランスター伯爵は
耳を叩くところでした。
彼には子孫が一人もいませんでした。
強いて言えば、
彼は、体を変え続けるので、
未来の彼が、
自分の子孫だと表現しても
良いかもしれませんでした。
そうなると、あの女性は
未来の彼の妻ということになる。
その、とんでもない言葉に
彼の口角が、
ひとりでに上がりました。
相手の正体について、
色々推測し続けてみましたが、
まさかあんな答えが返ってくるとは
思いませんでした。
確実なのは、あの女性が
未来の人だということでした。
自分の子孫だということは、
自分は結婚するのだろうか。
相手は誰なのか。
一応、未来の人だよねと
尋ねました。
しかし、ドミスの中の存在は、
また自分の話をしようとせず、
ランスター伯爵に
質問だけを浴びせかけました。
そして、いつの間にか
現れた時のように
消えてしまいました。
匂いが変わったと思った途端、
不愉快だから、
そんな風に見ないでと
ドミスが冷ややかに言いました。
彼女は、少し前に、自分の体を
他の人が占めたということを
全く知らないようでした。
これもアウエル・キクレンと
契約者の場合と違いました。
一体、あれは何だったのだろうか。
ドミスの子孫?
それとも全く関係のない人?
それとも次のロード?
ランスター伯爵は、未来の人が
過去の人の体に入ることもできるか
研究してみることにしました。
しかし、決心するや否や、
彼女がまた現れました。
ランスター伯爵は、心底驚き
「よく来るね」と言いました。
ところが、ドミスの中の存在は
今回は、今までとは少し違って
変な行動を取りました。
なぜか自分の髪を引っぱって
「赤」と言いました。
前は不思議がっていたのに、
今日は変なのは、なぜなのかと、
ランスター伯爵が尋ねると、
ドミスの中の存在は切羽詰まった声で
自分は、何日ぶりに現れたのかと
尋ねました。
ランスター伯爵は
「・・・15分?」と答えました。
そして、彼は、
こうしているうちに、
未来の人が再び消え、
ドミスが鋭く彼に接すると
思いました。
ところが、どうしてなのか。
未来の人は寝て起きても
そのまま残っていました。
それに、なぜか
初めて彼に会った時よりも
混乱していました。
彼の手を触ってみたりもしました。
ランスター伯爵は自分の
大きな手の上を勝手に動き回って
押すドミスの手を
じっと見つめました。
満足するほど触れさせてから、
「どうしたの、未来の花嫁?」と
尋ねると、未来の人は頭を抱えながら
自分は、ずっと
この体の中にいるけれど、どうして、
ずっとこの状態なのかわからない。
今頃は、
元の体に戻っているはずなのに。
もしかして、
元の体が死んだとか・・・
まさか、違うよね?と答えました。
もう少し話をしているうちに、
ランスター伯爵は、
あの未来の人について
調べようとするなら、
今がチャンスであることに
気がつきました。
そして、あれこれと言いくるめた末、
ついにランスター伯爵は、
彼女がドミスの転生であることを
聞き出しました。
ランスター伯爵は、
微妙な失望と好奇心を
同時に感じました。
これは、彼が推測していた
相手の正体の一つで、
興味深いことではあるけれど、
予想の範囲内でした。
それでも依然として
相手に対する好奇心があったので、
彼は上半身を、
彼女にもう少し近づけて
次のロードという意味なのかと
尋ねました。
幸いにも、以後、
彼女が聞かせてくれた話は
彼女の正体より、
もっと面白い内容でした。
彼はドミスの代まで
ロードを助けるつもりで、
次の代からは
助けるつもりがなかったのに、
彼女は、ランスター伯爵の子孫が
まだ彼女の味方だと話しました。
さらに、
ドミスと対抗者が取引をし、
対抗者が、ドミスの体を
占領するという話もしました。
再び、ランスター伯爵の興味は、
最初と同じくらい大きくなりました。
その中でも、
彼が最も関心を示した話は
彼の「子孫」の結婚の話でした。
あの未来のロードは、
彼の子孫と結婚すると
主張し続けているけれど、
それは、事実上、彼に向かって
「あなたは、将来、私と結婚しろ」と
言っているのと同じでした。
本人は、その事実を
知っているのだろうか?
洗脳するわけでもないのに、
ずっと当事者の前で
「あなたは、将来、私と結婚しろ」
と言うなんて。
ランスター伯爵は、彼女がしきりに
自分と結婚するという話を
堂々としていると、
我慢できずに笑い出しました。
あの未来のロードの正体が面白い。
前世の体に入る能力も不思議だし。
しかし、自分が、
あのロードと結婚するのは
信じられない。
自分が、あの女性を
愛するはずがないではないか。
もしかして、
自分の次の体になる1人と
政略結婚するのだろうか。
それとも研究するために、
自分が近づくのだろうかと考えました。
今回のお話に出て来た過去の話は
こちらです。
以前のお話では、
ラティルの視点で
お話が進んでいましたが、
今回のお話を読むことで、
この時、ランスター伯爵が
どのように感じていたのかを
知ることができて良かったです。
以下は、あくまで私の推測なので
合っているかどうか分かりませんが
ランスター伯爵として登場しているのは
アウエル・キクレンではないかと
思います。
アウエルは、彼自身の体が滅びた後、
転生するのではなく、
ずっと誰かと契約し、
その体の中に入り込むことで
生き永らえて来て、宿主が亡くなると、
別の宿主を探すということを
繰り返して来たのではないかと
思います。
そうだとすると、
ラティルが、ずっと
ランスター伯爵だと思っていたのは
実は、アウエル。
ゲスターの中には、
ランスター伯爵とアウエルの魂が
入っていると思いましたが、
アウエルの魂しか
入っていなかったのかもしれません。
古代語の翻訳をするために
ヒュアツィンテの前に現れた時は
ランスター伯爵の顔をしていたけれど
アウエルにとって、自分の顔を
今まで自分が契約した者たちの顔に
変えることなんて、
朝飯前なのかと思いました。