993話 外伝 102話 ラティルはゲスターに、酔っ払いの心を読むのかと聞かれました。
◇大喧嘩◇
ラティルは慌てふためきました。
今、ゲスターは、自分の心の中に
話しかけているのだろうか?
驚きのあまり、ラティルは
返事もできませんでした。
ゲスターは、
ラティルが固まってしまうと
つられて心が冷たくなりました。
しかし、ラティルが、
それ以上の反応を
見せなかったため、
ゲスターは、今度は意識的に
ラティルを挑発しました。
ラトラシルは本当に面白い。
今まで、人の考えを読みながら
知らんぷりしていたのか。
なんということだ。
それなのに、あんなに
鈍感に見えたなんて、すごい。
自分のことを
詐欺師と呼んでいるけれど
ラトラシルが、
これほど、すごい詐欺師だとは
思わなかったと
心の中で言いました。
ラティルは激怒したのか、
彼女の額に、青筋が立ちました。
ゲスターは、
心臓がドキッとしました。
本当にラトラシルは、
他人の考えを読むのだと確信しました。
ラティルの瞳が揺れると、
ゲスターは、片手で
自分の口と顎を触りました。
見当はついていたけれど、
実際に確認してみると
かなり当惑しました。
その姿を見ていたラティルは、
あなたが何を言っているのか
分からないと、
かなり遅れて言い逃れをしました。
ゲスターは笑いながら、
いや、君は知っていると答えました。
ラティルは、
本当に知らないと反論すると、
ゲスターは、
知らないはずがない。
自分は、少し前まで
一言も話していないのに、
ロードは自分が考えていたことを
全部理解したではないかと
言い返しました。
ラティルは、
今では、ほとんど正気に戻りました。
彼女は自分の頭を何回か
叩きたくなりました。
いくら驚いたからといって、
どうして、こんなミスを犯したのかと
嘆きました。
しかし、ゲスターが、
突然、真実を見抜くまで、ラティルは、
自分が他人を見抜く立場に
立っていました。
遅ればせながら、
ラティルは気を取り直して、
違う。あなたが今、
口で全部言ったのに、
覚えていないのかと
嘘をつきました。
しかし、ゲスターは鼻で笑い、
前にも、ロードは、こんな風に
自分を騙したことがあるのに
二度も騙されると思うのかと
馬鹿にしました。
ラティルは唇を噛みました。
ゲスターは呆れてしまい、
息を吐きました。
ゲスターは、
自分の記憶では、
ロードは何年も前から、
このような怪しい姿を
見せていたと思うけれど、
ロードは、何年も
他人の考えを知りながら
知らないふりをしてきたのかと
尋ねました。
ラティルは、
何年前から疑っていたのかと
逆に質問しました。
ゲスターは、
たまに怪しいところが見えたと
答えると、急に言葉に詰まり
口をつぐみました。
彼の頭の中は、他人には
明かすことのできない考えで
いっぱいでした。
ラトラシルは、
彼のこういった考えも全て、
見ることができるのだろうか?
それなのに、
知らないふりをしていたのだろうかと
ふと不安になりました。
そして、不安な気持ちは
今度は怒りに変わりました。
ゲスターは、
ロードが詐欺師だと思ったら、
ロードは、詐欺師が
名刺も渡せない人だったと
皮肉を言いました。
ラティルは凍りつきましたが
遅ればせながらカッとなり、
自分が自分の能力について
話さないと詐欺なのか。
ゲスターだって、狐の穴のことを、
あちこち、
知らせ回ったりしないではないかと
非難しました。
ゲスターは、
これとそれが同じなのかと
反論すると、ラティルは、
秘密という点では同じだし、
ゲスターの人生全般が
全部見せかけだ。
ゲスターの性格が汚いことを
秘密にしていたと非難しました。
ゲスターは、
ロードが自分を見る度に
変な表情をした。
自分をロードによく見せようと
自分が努力するのを
あざ笑うような表情だったのに
なぜ、自分は、それに
気づかなかったのだろうかと
嘆きました。
ラティルは、
ゲスターの口調と
ランスター伯爵の口調が
頻繁に入れ替わっていることから
彼が今、
とても感情的だということに
気づきました。
ラティルは、
自分がいつ、あざ笑ったのかと
尋ねました。
ゲスターは、
良心に手を当てて話すように。
本当に自分を
あざ笑ったことないのかと
逆に質問しました。
良心に手を当てなくても、
ラティルは、
自分がゲスターを
あざ笑ったことがあるのが
分かりました。
しかし、ラティルは、
それが間違いだとは
思いませんでした。
ゲスターが、
猫をかぶる者だということに
気づいたのが、
なぜ自分の過ちなのかと思いました。
ラティルは、
ゲスターこそ、
猫をかぶっていたことを
咎められたせいで
やたらと自分に
怒っているのではないかと
非難しました。
しかし、ゲスターは、
自分が猫をかぶっていたことに
気が咎めていると思うのか。
それは違う。
自分が咎められたことで、
怒っていると思うなら、
他の側室にロードの能力について
教えてみるように。
みんな、自分同様、
好きではないと思う。
だから、これは、
自分が気が咎めるかどうかの
問題ではないと否定しました。
ラティルは拳で、
机の上をバンと叩くと、
なぜ、自分のことを怒るのか。
他人の考えが
自然に聞こえてくるのを、
どうしろというのかと抗議しました。
ゲスターは、
言葉は正しく話せ。
自分は、ロードが
他人の考えを読むことができるのを
怒っているわけではない。
ロードは、
他人の考えを読もうと努める人で
今日も、わざと、
人を酔わせようとしたのではないかと
非難しました。
ラティルは、
今回は犯人を捕まえるための
特殊なケースだった。
普段はそうではないと反論すると
ゲスターは、
自分は特殊なケースでも
なかったのに酒を飲ませた。
そうすることで、
自分の濡れ衣を
晴らしてくれたのなら、
こんなに怒らないけれど、
ロードは、自分が
濡れ衣を着せられたことを
知りながら、
自分を別宮に追い出したと
非難しました。
ラティルは再び机の上を
バンと叩きました。
テーブルがへこみましたが、
ゲスターもラティルも、
可哀想なテーブルには
見向きもしませんでした。
ラティルは、
もう過ぎたことなのに、
どうして、またその話を
持ち出すのかと尋ねました。
ゲスターは、
過ぎたことだけれど、
今回のことと関連があるから
再び、持ち出した。
ロードが、自分の悪い考えを
読んだという理由だけで、
自分を別宮に追い出したからと
答えました。
ラティルは、
ゲスターは、随分、自分を
笑わせてくれる。
ゲスターは、
悪い考えばかりしたのではなく
計画まで立てた。
ゲスターは、
ほとんど実践寸前だったと
非難しました。
しかし、ゲスターは、
それはやっていないと
言い返しました。
ラティルは全力で
冷静な表情を作りました。
効果があるかどうかは
分からないけれど、
とにかく最善は尽くしました。
ラティルは、
ゲスターが何と言おうと、
ただ、足がしびれたせいで
自分に怒っている。
自分が堂々としていたなら、
自分の能力について
あらかじめ、他の人に
話したはずだったと言うけれど
そういうゲスターだって
猫をかぶる前に、他の人に
予告でもすべきだった。
しかし、そうしなかったと
非難しました。
ゲスターの唇が震えました。
彼は頭が痛いという風に
額に手を置きました。
そして、しきりにロードは、
自分が猫をかぶっていると
文句を言うけれどと
言いかけたところで、
ある穏やかな光景が
思い浮かびました。
ランスター伯爵とラティルが
テーブルで向かい合い、
ラティルが将来の夫について
話をしていた時の光景でした。
自分の視点ではなく、
ランスター伯爵の視点で見た
その光景が、思ったより温かくて、
ラティルは、
一瞬固まってしまいました。
ランスター伯爵は歯ぎしりしました。
彼は、
ラティルと喧嘩している途中で
こんなものを、彼女に
見せたくありませんでした。
ラティルは、
何か聞きたそうに口を開きました。
しかし、ランスター伯爵は
話したくなかったので、
そのまま去ってしまいました。
目の前にいた人がいなくなると、
ラティルは呆れて空笑いしました。
しかし、ゲスターは
戻って来ませんでした。
彼がいなくなった場所を
しばらく睨みつけていたラティルは
ソファーを蹴りながら、
「なぜ、あなたが怒るの!」
と叫びました。
◇盗み聞き◇
クラインは、
扉に耳を当てていましたが、
これ以上、大きな声がしないと
腰を伸ばしました。
彼は背中を叩きながら
ラティルの言葉に同意しました。
なぜ、ゲスターが怒るのか、
クラインも気になっていました。
今回、過ちを犯したのは
自分なのに、
なぜゲスターと皇帝が
喧嘩をしたのか気になりました。
扉越しに、必死で
盗み聞きしようと試みましたが
二人の会話の内容は
ほとんど聞こえず、声を荒げて
喧嘩をしたということだけが
分かる程度でした。
そして、まともに聞いた一言は、
最後に皇帝が叫んだ
「なぜ、あなたが怒るの!」
だけでした。
バニルは、
バレてしまうので、聞き終わったら、
帰らなければとクラインを促すと、
彼を押しました。
クラインは、
疑問を解決することは
できませんでしたが、
素直にバニルに押されるがままに
歩いて行きました。
何だか分からないけれど、
皇帝はクラインに
腹を立てませんでした。
それなら、
十分、幸いなことでした。
◇クラインへの怒り◇
しかし、実はクラインは
安心してはいけませんでした。
最初、ゲスターは、
ラティルにだけ怒っていました。
彼女が、自分の猫かぶりを
見抜いていたかもしれないことに
呆れていました。
彼女こそ、なぜ自分が
子犬のように振る舞ったのか、
誰よりも、
よく知っているはずでした。
ゲスターは、自分が本当に
ラティルが綿で作った
偽物の子犬になった気分でした。
その時、
部屋の掃除をしに来たトゥーリが、
ゲスターが陰鬱な様子で
部屋の中央に立っているのを発見し
パーティーで何か
悪いことでもあったのかと
尋ねました。
ゲスターは、普段のように
弱々しいふりをする代わりに、
トゥーリに、
一つだけ聞きたいことがあると
真剣に尋ねました。
トゥーリが「はい」と返事をすると
ゲスターは、
ある日、トゥーリの好きな人が
トゥーリに向かって、
「あなたは銀色が好きだ」と
言ったとすると話し始めました。
トゥーリは、
自分は銀色が好きではないけれど
そういうことにすると返事をしました。
トゥーリは銀色が好きではないけれど
トゥーリの好きな人に
よく見られたくて、トゥーリは、
銀色が好きなふりをして
暮らしていた。
でも実は、トゥーリが好きな人も
トゥーリが銀色を
好きでないことを知っていた。
それなのに、嘲笑しながら
トゥーリを見ていたと話しました。
トゥーリは泣きべそをかきながら
どうして、こんな話をするのか
分からないけれど、
傷つくと答えました。
ゲスターは
「怒るよね?」と尋ねると、
深く、ため息をついて
ベッドに腰を下ろしました。
彼も、ラティルが最初から
人の本音を読んでいたとは
思いませんでした。
半分、覚醒するまで、ラティルは
剣術の実力が優れていましたが
それでも、平凡な皇女に近く、
今のような力と能力は、
様々なことを経験しながら、
徐々に身に着いたものでした。
だから、ラティルも、
自分が猫をかぶっていたことを
最初から知らなかっただろうと
思いました。
ゲスターの興奮が次第に収まると、
今度は後悔が押し寄せて来ました。
今からでも、
ラトラシルの所へ行って、
自分が怒ったことを
全て取り消したいと思いました。
彼女の能力に感嘆し、驚き、
きまりが悪く思う姿を
見せたいと思いました。
秘密を共有すれば、
もっと親密になれるのに、
先程は、
長期的に考えてみる余裕が
ありませんでした。
酔っ払ったクラインは
ラティルに本音を見せましたが
自分も同じような
状態だったのだろうと思うと
腹が立つばかりでした。
トゥーリが掃除を終えて出て行くと
ゲスターはしばらく考えた後、
これはクラインの奴のせいだと
呟きました。
ゲスターは、クラインが
自分に偽の手紙を書いたことに
一次的に腹を立てました。
ラティルが、
クラインの犯したことを知りながらも
半月間外出禁止という
軽い罰を下したことに
二次的に腹を立てました。
ところがラティルと喧嘩したことで
一次的な怒りと二次的な怒りが、
急に、倍増し始めました。
クラインが受けた
「15日間外出禁止」の処罰のレベルを
上げなければ、
少しも怒りが解けそうに
ありませんでした。
怒ったゲスターは、その夜、
クラインの住居に、
おぞましい姿の幽霊たちを
放してしまいました。
◇幽霊騒動◇
そんなことを知らないクラインは、
お風呂に入って、さっぱりした後、
安楽椅子に座りました。
彼は、
今回、自分が受けた処罰のレベルが、
ちょうどいいと考えていました。
一緒に外出禁止にされたアクシアンは
皇子のせいで、
自分たちも、こんな目に遭ったと
不満そうに、
ブツブツ文句を言いましたが、
彼も、この程度で終わって
幸いだと思っていました。
その間に、バニルは布団を整え終えて
体を起こすと、クラインに
もう寝るように。
それでも、こんなことになったので
半月間は、
問題を起こせないだろうと
警告しました。
クラインは、
バニルに一言言おうとしましたが
彼は目が落ちそうな表情で
クラインの方を見ていました。
その理由を聞こうとした瞬間、
バニルは、
「殿下!頭です!」と叫びました。
クラインは、
頭がどうしたのかと尋ねましたが
バニルは、クラインの質問に
答えることができないまま、
気絶して、後ろに倒れました。
クラインが、
怪訝に思って頭を上げると、
天井から、
誰だか分からない頭が
逆さまに突き出ていました。
アクシアンは、
手入れをしていた剣を落としました。
しかし、クラインは、
何の反応もしませんでした。
むしろ、彼は幽霊の頭を
頭突きしました。
幽霊が消えると、クラインは、
そのままベッドに歩いて
布団に入りました。
アクシアンは面食らって
固まっていましたが、
幽霊が消えると、
落とした剣を再び拾いながら
ため息をつきました。
外出禁止期間中、
幽霊に苦しめられたのは
バニル一人だけでした。
アクシアンは怖がっていましたが
平気な方で、
クラインは最初から、
気にしなかったからでした。
色々なことを経験して、
怪物もたくさん見たクラインは
かなり大胆になっていました。
数日後、ラティルは、
クラインの部屋に食べ物を運ぶ
下男から、この話を聞きました。
しかし、クラインと二人の部下が
比較的よく耐えているという
報告を聞くと、しばらく悩んだ末、
この件は、そのままにしました。
ゲスターを叱ったり、
幽霊を回収しろという指示は
しませんでした。
ところが、10日目。
幽霊の噂を聞いた子供たちが、
こっそり幽霊を見に来ました。
ラティルとゲスターとクラインの
想定外の出来事でした。
子供たちは、勇気を持って
部屋に入って来たけれど、
本当に幽霊が現れると
怖くて逃げました。
子供たちが意地を張るので
仕方なく付いて来た下女と乳母たちも
一緒に悲鳴を上げながら
逃げなければなりませんでした。
その中には、プレラ皇女と
アイギネス伯爵夫人もいました。
しかし、アイギネス伯爵夫人は
他の乳母よりずっと年上でした。
彼女は、プレラが
リスのように素早く逃げた時、
すぐに子供に追いつくことが
できませんでした。
◇謝罪の手紙◇
この時、ラティルは
謁見の準備のために服を着替えながら
ゲスターが送って来た花を
チラチラ見ているところでした。
花のそばには手紙もありました。
今度は手紙で喧嘩するつもりなのかと
不安になったラティルは、
先程、チラッと確認してみましたが
ゲスターは謝って来たようでした。
ラティルは思わず口角を上げましたが
侍女たちが、
にやにやしているのを見て、
再び真顔になりました。
早く仕事を終えて、きちんと読もう。
ラティルは、
すぐに手紙を読みたい気持ちを
抑えて、早く準備を終えました。
ところが服を着替えて
廊下に出た時、
一人の宮廷人が駆けつけて来て
知らせました。
ゲスターは、
猫をかぶっている自分のことを
ラティルが嘲笑ったことで
かなりプライドが
傷ついたのだと思いますが、
やはり、ゲスターは、
ラティルに何を言われても、
何をされても、彼女のことを
嫌いになれないのだと思いました。
けれども、
ラティルに手を出すなと
警告されていたのに、
ラティルと喧嘩したことで
クラインに八つ当たりをしては
いけなかったと思います。
そして、クラインたちが
大丈夫そうだからと、
ラティルがゲスターを
放っておいたのも
間違いだったと思います。
アイギネス伯爵夫人のことが
心配です。