994話 外伝103話 アイギネス伯爵夫人は、どうなったのでしょうか?
◇首の刺し傷◇
宮廷人は、
今、アイギネス伯爵夫人が
大怪我をしたと報告しました。
ラティルは、
何を言っているのか。
なぜ、乳母が大怪我をしたのかと
尋ねました。
宮廷人は、
一番目の皇女と二番目の皇女と
三番目の皇子が、
幽霊を捕まえる賭けをしようと・・
と言いかけている途中で、
ラティルは歩き出しました。
サーナットも、
素早く後に続きました。
ラティルは、足を止めることなく
話を続けるよう指示しました。
宮廷人は、
皇帝と近衛騎士団長の早足を
追いかけるために、
すでに息が切れていました。
彼は喘ぎながら、
子供たちが幽霊を捕まえるために
クライン皇子の住居に
忍び込んだけれど、
怖くなって三人とも逃げ出した。
プレラ皇女が走り出すと、
アイギネス伯爵夫人が
皇女を追いかけた。
と説明したところで、
急に説明するの止めました。
回廊を通り過ぎるまで、
その後の説明がないと、
ラティルは眉を顰めながら
チラッと後ろを見ました。
宮廷人は躊躇いながら
付いて来ていました。
ラティルは、
なぜ話さないのか。
アイギネス伯爵夫人が、
一人で倒れたりもしたのかと
尋ねると、宮廷人はやむを得ず、
その次が、
どうなったのか分からない。
プレラ皇女はずっと泣いていて、
伯爵夫人は倒れてしまった。
しかし、宮医は、伯爵夫人の首に
刺傷があると言ったと答えました。
ラティルは、長い階段を
滑るように降りていましたが
手すりをつかんで止まりました。
サーナットも、固い表情で
ラティルを見ました。
しかし、しばらくして、
ラティルは再び走り始め、
まもなく、
クラインの住居に到着しました。
この近くで負傷したためか、
アイギネス伯爵夫人は、
ここの応接室のベッドに
横になっていました。
宮医は治療を終えたばかりで、
医療道具を片付けていました。
ラティルが近づくと、
伯爵夫人を囲んで立っていた人々が
同時に挨拶しました。
ラティルは手を振ると
ベッドの枕元に近づきました。
伯爵夫人の首には、
包帯が厚く巻かれていました。
ラティルは宮医に、
伯爵夫人が刺傷を負ったと
聞いたけれどと尋ねました。
宮医は、
剣が首を貫通した形状だと
答えました。
ラティルは、
アイギネス伯爵夫人の状態について
尋ねました。
宮医は、
予後を確信するのは難しいと
自信なさそうに答えました。
ラティルは、
心臓がドキッとしました。
今はプレラの乳母だけれど、
アイギネス伯爵夫人は
元々、ラティルの乳母でした。
ラティルは、
状態が良くないということかと
尋ねました。
宮医は、急いで大神官を
呼ばなければならないと答えました。
宮医が、このように、
露骨に大神官を呼ぶのは
珍しいことでした。
ラティルは、
もっと聞きたいことが多かったけれど
宮医の助言に従い、
グリフィンを送り出すよう、
すぐにカルレインに指示しました。
扉のそばにいたカルレインは
すぐに外に出ました。
宮医は、
ラティルの顔色を窺いながら
慎重に退きました。
宮医が出て行くと、ラティルは、
側室を除いて、
侍従と下女、乳母まで全員、
外に出しました。
残ったのは、ラナムンとプレラ、
サーナットと二番目の皇女、
三番目の皇子とギルゴール、
そしてクラインだけでした。
ラティルは、
乳母の手をギュッと握ると、
いつもと違う冷たさに驚き、
手を放しました。
ラティルは、
しばらく頭が凍りついてしまい
じっとしていました。
乳母の手を握ってみると、
彼女が危篤状態であることが
さらに生々しく感じられました。
ラティルは、
久しぶりにプレラを見て、
彼女を呼びました。
プレラは、ラナムンに顔を埋めて
泣いていました。
ラティルが、再びプレラを呼ぶと
子供はすすり泣きながら
顔を向けました。
ラナムンは、プレラが
ラティルに叱られたかのように
子供をギュッと抱きしめながら
ラティルを見ました。
ラティルはラナムンに
「じっとしていて」と
目で合図をしながら、プレラに
なぜ、伯爵夫人が怪我をしたのかと
尋ねました。
宮廷人から、
手短に話を聞いただけで、
すでに見当はついていましたが、
それでも、確実に
確認したいと思いました。
プレラは号泣しながら首を横に振ると
分からない。
幽霊を見て、とても驚いて、
走っていたら転んだ。
ところが、
後ろから誰かが自分を殴った。
驚いて振り向いたら、
乳母の首が・・・と答えると
首から血を流して倒れていた
乳母を思い出したのか、
また、わあわあ泣き出しました。
そして、気絶しそうなくらい
顔が青ざめたので
ラナムンは子供を抱き締めながら
もう聞かないで欲しいと
ラティルを止めました。
プレラは、
ラナムンをギュッと抱きしめて
離れようとしませんでした。
ラティルはため息をつきました。
驚いたプレラが、後ろから
アイギネス伯爵夫人に叩かれると
反射的に、能力を使ったに
違いありませんでした。
それでも念のため、
ラティルはサーナットを連れて
廊下に出ると、
もしかしたら、
剣だとか、暗襲の痕跡などが、
あるかもしれないから
乳母が倒れた周りを
見てみるようにと指示しました。
サーナットは、
そんなはずがないと思いながらも
「はい」と返事をしました。
◇百花の居場所◇
ラティルは部屋に戻りました。
相変わらず、
プレラは泣いていました。
部屋の中の誰も口を開かないため
子供の号泣する声だけが
響いていました。
二番目の皇女が近づいて
プレラの背中を軽く叩きましたが
今回は、仲の良い妹も
役に立ちませんでした。
落ち込んだクレリスは、
ラティルに近づくと、
自分が驚いて、
姉を置いて逃げたせいだと
打ち明けました。
三番目の皇子は、
自分も謝るべきか悩んだ末、
ただ、じっとしていました。
ラティルは、
どうして、それが、
クレリスのせいなのかと言うと
子供の背中を軽く叩きました。
実際、ラティルは、
この件が、クレリスとは
何の関係もないと思っていました。
これは、誰が先に逃げたかの
問題ではありませんでした。
ラナムンは、その姿を見て
心が引き裂かれるように痛みました。
プレラの方が、クレリスより
はるかに驚いているのに、
ラティルが、クレリスにだけ
大丈夫だという話をするのが
無言の圧迫に感じられました。
その時、
サーナットとカルレインが
同時に戻って来ました。
サーナットは黙って
首を横に振りました。
落ちた剣などないという意味でした。
やはり、アイギネス伯爵夫人を
攻撃したのはプレラでした。
そして、カルレインも
グリフィンが大神官を
見つけられなかったと
悪い報告をしました。
ラティルが、
それはどういうことだと
問い詰める前に、
グリフィンが現れました。
グリフィンはびしょ濡れになり
羽の先から、水を垂らしていたので
ラティルは驚きました。
ラティルはグリフィンに
どうしたのかと尋ねると、
グリフィンは、
自分が追跡できる石が二つとも
温泉の中にあったと答えました。
ラティルは、
どこの温泉なのかと尋ねると、
グリフィンは、
ここの温泉だ。
それでも念のため、
温泉の中まで入ったと答えると、
嘴から二つの石を
ペッと吐き出しました。
落ちた石は、それぞれ
地面に転がりました。
「百花、あの野郎!」
ラティルは、
子供たちがいることも忘れて
罵倒しました。
サーナットは、
すぐに二番目の皇女の耳を
塞ぎました。
しかし、カルレインは、
三番目の皇子の耳を、
あえて塞いだりしませんでした。
プレラは泣いていたので、
ラティルの罵声を
聞くことができませんでした。
ラティルは、
後になって、しまったと思い、
「ごめん」と謝って
口をつぐみました。
しかし、
怒りはさらに大きくなりました。
サーナットは、子供の耳から
手を離しながらため息をつくと
大神官は、そんな性格ではないので
百花の仕業だろう。
ディジェットまで行くのが
とても嫌だったようだと言いました。
カルレインは、眉を顰めながら
どうするのか。
このままでは、伯爵夫人が
持ち堪えることができず
死んでしまうと言いました。
プレラの泣き声が
さらに大きくなりました。
ラナムンは、カルレインに
言葉に気をつけろと、
目で合図をしましたが、
カルレインは無視し、
ご主人様が望むなら
自分が彼女を・・・に変えると
意味深長に提案しました。
ラティルは、すぐにそれを理解して
目を見開きました。
しばらく悩んだ末、
とりあえず、ラティルは、
子供たちを、それぞれの部屋に
連れて行くよう指示し、
ラナムンにプレラを宥めるよう
言いました。
子供たちのことが気になって
言葉を交わすのも
難しかったからでした。
しかし、プレラは
帰りたくありませんでした。
乳母が元気になるまで
そばにいたがりました。
ラナムンがプレラを
抱きしめようとしましたが、
プレラはラナムンの懐から抜け出すと
乳母は幽霊のせいで怪我をしたのかと
ラティルに尋ねました。
ラティルは困惑しながら、
調べなければならないけれど
そうではないだろうかと
言い繕いました。
そして、ラナムンに
子供を連れて行けと、
再び目配せした瞬間、
壁に寄りかかって
事態を見守っていたギルゴールが
赤ちゃん一番のせいで、
乳母は怪我をしたんだと
突然、口を挟みました。
すぐに部屋の中がひんやりとし、
皆、同時に目を見開いて、
ギルゴールを見ました。
最初に気を取り直したラティルは
彼の背中を叩くと
何を言っているのか。
子供が本当だと信じてしまうと
抗議すると、ラナムンに、
プレラを連れて行って、
落ち着かせて宥めるように。
皆も子供たちを連れて行けと
指示しました。
普段なら、ラナムンは、すぐに
ギルゴールに抗議していました。
しかし、今は何も言わずに
ラティルの指示に従いました。
ギルゴールが、
さらに言葉を吐き出す前に、
今は、すぐに去るのが最善でした。
しかし、
ラナムンに抱き上げられたプレラは
もがいて、床に降り、
ギルゴールの元へ駆けつけると
それはどういうことかと尋ねました。
子供の目元は
真っ赤になっていました。
ラティルはギルゴールに、
余計なことを言うなと
警告しましたが、ギルゴールは、
一体いつまで隠すつもりなのか。
この子は、最近だけでも
事故を二回起こしている。
三回目の事故を起こす前に教えて
気をつけさせた方がいいと
提案しました。
ここで、一番問題を起こす吸血鬼が、
今、何を言っているのか。
ラティルは彼に、
拳を食らわすところでした。
ギルゴールの言うことを
誰もが分かっているけれど、
子供に真実を話すには、
手続きというものがありました。
大人でも、このような真実は
手に負えないはずなのに、
プレラは、まだ子供でした。
自分の乳母が重傷を負ったのを
目の前で見たプレラに
こんなことを、
あからさまに言ったギルゴールに
ラティルは腹を立て、
普段は居もしない奴が、
どうして今日はここにいるんだと
非難すると、
苛立たしげに窓を指差し、
「出て行け!」と怒鳴りました。
しかし、
ラティルが出て行けと言ったのは
ギルゴールだったのに、
実際に出て行ったのはプレラでした。
ラナムンは、子供を捕まえるために
一緒に走り出しました。
サーナットは二番目の皇女の手を握り
出て行くべきかどうか悩みました。
クレリスは、
姉は、どうやって姉の乳母を
あのようにしたのかと
ひそひそ尋ねると、
サーナットは黙って
首を横に振りました。
三番目の皇子はあくびをして
カルレインの背中に飛び上がり
おぶさりました。
ラティルは、
再びギルゴールを睨みつけました。
しかし、ギルゴールは
堂々と壁に寄りかかって、
アイギネス伯爵夫人の血の匂いを
嗅いでいました。
ゲスターが、クラインの住居に
幽霊を放ったことを知った時、
回収するように
言わなければならなかった。
ゲスターと、
これ以上、喧嘩したくないせいで
放っておくべきではなかったと
自分を責めると、
両手で自分の髪の毛を
搔きむしりました。
サーナットが彼女の腕をつかむと
止まりました。
サーナットは、
自分を責めないように。
皇帝のせいではないと淡々と話し、
ラティルの腕を、
もう一度強く、つかみました。
ラティルは、
ようやく落ち着きました。
ラティルは、
自分を責めている場合ではない。
一つ一つ、やっていかなければ。
まず乳母を治療し、いや、その前に、
子供たちを帰さなければ。
その次に・・・と考えた瞬間、
ラティルは目を大きく見開き、
百花が、どこにいるか
分かるかもしれないと叫びました。
気を利かせて、
子供たちを連れ出そうとした
サーナットとカルレインは、
扉のそばまで行って止まりました。
グリフィンも驚き、
自分も知らないのに、
どうして、ロードが知っているのかと
尋ねました。
ラティルは、
タッシールが知っていると答えました。
皇配が賢いとはいえ、
こんなことまで知っているのかと
サーナットとカルレインは
同時に考え、
互いに見つめ合いました。
ラティルは、
彼らが何を考えているのか気づくと
本当にタッシールが
百花の居場所を知っている。
彼は百花に報復すると意気込んでいて
そのタイミングを狙っているので
ずっと、彼の居場所を
把握しているはずだと言いました。
サーナットは、
再び二番目の皇女の耳を塞ぎました。
ラティルは、
タッシールを呼んで来てと、
急いでカルレインに叫びました。
プレラが素早く逃げて行くのを
アイギネス伯爵夫人は
捕まえようとしたけれど、
うまく、捕まえられず、
手が外れて、
プレラを叩くような形に
なってしまったのでしょうか。
今回の事件の原因は、
ラティルも認めているように、
彼女がゲスターに
幽霊を回収させなかったのが
いけなかったのだと思います。
百花が石を捨てた時点で、
誰かが怪我をすることは
予想していましたが、
それと絡めて、
タッシールの百花への報復の
伏線を回収するとは
想像できませんでした。
作者様のお話の運び方に
感嘆しました。