999話 外伝108話 ラティルは、サーナットとの偽の未来が、とても気に入りました。
◇落ち着きを取り戻す◇
ラティルは、その後も数週間、
サーナットとの偽の未来を
見守ることで、心を慰めました。
彼と一緒にいる姿は甘ったるく、
幼い頃の良い思い出を蘇らせました。
見ていると、
心の片隅が和らぎました。
時間が経つにつれ、
ラティルの心は落ち着き、
平穏を取り戻しました。
仕事をしていても頭が痛くなく、
大臣たちが会議の時に騒いでも、
あまり頭が痛くなりませんでした。
また、ラティルが
偽の未来を見たおかげで、
現実のサーナットが得をしました。
ラティルが突然訪ねて来て
ベッドに横になり、
手を握ってくれと言うと、
サーナットは
言われた通りにしながらも
最近、皇帝が自分に
格別に良くしてくれると
からかいました。
ラティルは
サーナットの腕を振りながら、
彼との偽の未来を見て
それが気に入ったからだと
返事をしました。
サーナットは、
自分が何をしていたのか、
話してくれれば、ここでもすると
提案すると、ラティルは、
主君と友達を捨てて
自分を選んだと答えました。
サーナットは、
しばらく驚いた顔をした後、
ラティルの手のひらをくすぐり、
ここでは皇帝が、
自分の恋人であり主君なので、
同じことをするのは大変だと言って
笑いました。
ラティルは、
こうやって手も握ってくれたと言うと
彼の手を、さらにギュッと握りました。
偽の未来の中のサーナットの手と
同じ手でしたが、現実は、
もう少し冷たい手をしていました。
サーナットは、ラティルが自分に
関心を示してくれているのが
気に入ったのか、そばに腰掛けて
他にはないのかと尋ねました。
ラティルは「多いよ」と答えると
彼の足に頭を当てて、
シャツを下から上に
そっと持ち上げました。
◇皇帝へのプレゼント◇
側室の世界には公平さがないので
サーナットが
ラティルの関心と愛を受けると、
それだけ、他の人々が
放置されることになりました。
ラティルが楽しそうに
サーナットの住居へ行く日が多くなると
ハーレム内部の雰囲気に、
少しずつ刃が立ち始めました。
サーナットは、
それを感じ取っていましたが、
そのような雰囲気に流されないように
わざと目と耳を閉じて過ごしました。
彼は、朝早く、
近衛騎士団長の執務室へ行き、
昼間は仕事をしたり、演武場に通い、
夜遅くなってから、
ようやく住居に戻りました。
二番目の皇女は、
もうハーレムの中で過ごすことがなく
再び老公爵の授業を受け始めたので、
住居に留まらなくても、十分に
子供の面倒を見ることができました。
しかし、晩夏の午後二時。
ラティルの誕生日プレゼントの件で
サーナットは、非番の時に
住居に戻らなければなりませんでした。
彼は喧嘩に巻き込まれないように
わざと、側室がよく通らない道を
通りました。
ところが、道の真ん中で
クライン皇子とゲスター、
メラディムの三人が、
声高に言い争っていました。
困ったと思ったサーナットは
彼らを避けることにし、
進行方向を変えました。
ところが、耳の良いメラディムが
彼を見逃すはずがなく、メラディムは
ちょうどよかった。 ここへ来てくれと
大声でサーナットを呼びました。
皇子とゲスター、
そして彼らの侍従たちまで、
皆、彼を見つめました。
サーナットは、
仕方なくそちらに近づき、
どうしたのかと尋ねました。
すると、メラディムが答える前に
クラインが、
これは誰だ。
ハーレムには寝る時だけ来る
すごい近衛騎士ではないか。
聞けば、皇配より忙しく
過ごしているそうだけれど、
なぜ、ここにいるのかと
皮肉を言いました。
サーナットは、
自分が皇配より忙しいはずがないと
無難に答えると、
クラインは怒った声で、
今、自分が暇だと皮肉っているのかと
文句をつけました。
サーナットは、
むしろ返事をしない方がいいと思い
メラディムに、何の用で呼んだのかと
再び尋ねました。
メラディムは、
もうすぐ皇帝の誕生日だけれど、
今度は皆で、プレゼントを
準備しようという話が出た。
ところが、
まったく意見がまとまらないと
不平を漏らしました。
サーナットは、
皇配とギルゴールは、
何て言っているのかと尋ねました。
何としてでも、
彼らの争いに巻き込まれないように
わざと二人について言及したのでした。
ところが、サーナットが
皇配の名を挙げると、
ゲスターの表情が悪くなり、
ギルゴールの名を挙げると
メラディムは、
サーナットの意見を聞いているのに
ギルゴールの意見を聞きたいのか。
奴の意見の何が必要なのかと
怒りました。
ゲスターは、
メラディムが、しきりに
ああだこうだ言うので、
意見がまとまらないと、
ため息をつきながら呟きました。
サーナットは、
ゲスターの言葉を信じませんでした。
メラディムが、
あのように話しているなら、
三人で争う必要はないと思いました。
サーナットは懐中時計を確認しました。
少しの間、捕まっていたようでしたが
もう20分が過ぎていました。
このまま言い逃れをしていても
先へ行けないと思ったサーナットは
意見が違うなら、
各自プレゼントを準備した方が
いいのではないかと、
仕方なく提案しました。
◇父子の観察◇
ラティルは、仕事の最中、
突然、思いついたように、
サーナット卿は、
まだ来ていないのかと尋ねました。
ラティルの対角に立っていた
近衛騎士は、
まだ来ていない。
今は非番の時間なので
来なくてもいいと答えました。
もちろん、そうでした。
しかし、ここ数日、サーナットは、
ラティルの関心に応えるように
彼女がどこへ行っても、
付いて回りました。
今も一時間程度、席を外すと言って、
ハーレムに行ったのだけれど、
まだ来ていませんでした。
時計を見たラティルは、
サーナットが去ってから、
いつの間にか、
三時間も経っていることに気づき
驚きました。
仕事のほとんどが、
片付いた後だったので、ラティルは
机から立ち上がりました。
サーナットは、いいかげんなことを
言う人ではないので、
彼が来ないということは、
ハーレムに行って、何かが起こったに
違いありませんでした。
予想通りハーレムの中に入ると、
ある場所に、
人々が集まっていました。
何かを取り囲んで
見物しているようでした。
ラティルは、どうしたのかと思い
そこへ歩いて行きました。
宮廷人の何人かが
ラティルを発見しましたが、
彼女が静かにしろと合図すると、
皆、口をつぐみました。
しかし、多くの宮廷人は、
どこかに集中していたため、
皇帝が近づいて来たことも
知りませんでした。
数歩、歩いた後、ラティルは
彼らが何を見ているかに気づき
額を手で押さえました。
サーナットとゲスター、
クラインにギルゴール、
メラディムとカルレイン、
さらにはタッシールまで加わり、
言い争いをしているところでした。
普段なら、ラティルは、
喧嘩をするのは、それくらいにしろと
怒鳴りつけていました。
ところが最近、
平穏でワクワクしていた
サーナットとの偽の未来を
ずっと見ていたせいなのか。
ラティルは、ゆっくりと
自分の美しい夫たちを
一人一人見ると、踵を返しました。
ハーレムの外に出たラティルは、
ふと衝動的に、
皇女時代に自分が使っていた部屋に
行ってみました。
今、その部屋は空いていました。
ラティルは、きれいだけれど
活気がなくなった部屋の窓枠に
腕を起き、偽の未来の中での
平穏な愛情生活と、
ここの騒々しい愛情生活を
交互に思い出しました。
偽の未来の中では、恋敵がいないので
彼らが争うことはない。
最初から、彼らを争わせるために
側室を多く入れたのは自分なので
彼らが喧嘩していることを
責めることはできない。
けれども、自分自身が与えた
戦いの場だからといって、
見てくれは、よくありませんでした。
それでも今日のように、
彼らだけで言い争うレベルなら
まだマシでした。この程度なら、
ラティルの選択による結果なので、
彼女も、
目をつぶることができました。
しかし、数年間、
適当に喧嘩ばかりしていた
側室たちは、もはや
目をつぶることができないほど
喧嘩するようになりました。
避妊薬事件とプレラの事件を
思い出したラティルは
身震いしました。
そういえば、皇配を決める時期にも
これほど激しく戦ったし、
タッシールが去ったりもしました。
ここまで考えたラティルは
側室は、何かを選ぶ時に、
必ず、熾烈な争いをする。
あのように戦っていても、
自分に強力な敵が現れたら、
戦うことが減るということに気づき
ため息をつきました。
しかし、
側室たちの戦いを止めさせるために
アニャドミスや
レアンのような敵を作って
連れて来ることはできないし、
そんなことをするのは
狂気の沙汰でした。
アニャドミスと
戦った時ほどではないけれど
皇配が決まった後も、
喧嘩が少なくなったような気がするので
今回も、後継者が決まれば、
戦いが少し落ち着くだろうか。
その可能性は少しありそうだと
ラティルは考えました。
以前は、子供たちが幼いので、
何の見通しもないまま、
後継者を決めるのを
先送りにしていたけれど
考えてみると、
後継者を早く選ぶことも
非常に不可能なことでは
ありませんでした。
それに後継者を
あまりにも早く選ぶのも問題だけれど
あまりにも遅く選ぶのにも
問題はありました。
後継者がいなければ、
子供たちは皆、
同じ授業を受けながら成長する。
同じように育ったのに、
ある瞬間、一人だけが
後継者になってしまえば、
他の子供たちが、
剥奪感を覚えることもあり得ました。
レアンが表立って後継者の時は、
誰も剥奪感を覚えなかった。
レアンは幼い頃から後継者であり
それが当然のことだったから。
しかし、普通の皇女だった自分が
後継者になってからは、
兄弟姉妹の大多数は
不満を抱きました。
少し心が揺れたラティルは、
数日間、子供たちの成長記録を
注意深く観察し、
子供たち一人一人と、
多くの時間を過ごそうと努めました。
十分に記録を見た後は、
わざと皆が集まる夕食の席を設け、
子供たちを皆、各自の保護者のそばに
座らせました。
そして、
皆、自由に話すように。
自分は考えることがあるので、
自分に話しかけないでと
言い訳をすると、
自分は食事をしながら
子供たちと夫たちをセットで
注意深く観察しました。
今日のプレラは
いつもより少し静かだ。
クレリスとも、
きちんと話せていない。
元々プレラは、食事の席で
最も活発な方でした。
仲が良いのは、
二番目の皇女だけでしたが、
自分が長女だと意識しているのか
仲が良くない弟たちにも
話しかける方でした。
そして弟妹たちの前で、
堂々と振舞おうと努力しました。
しかし、不意に乳母を傷つけた衝撃が
まだ残っているようで、今日は、
かなり慎重に行動していました。
ラナムンは、いつものように
冷たい顔で食事をしながら、
ラティルとプレラを
交互に眺めました。
彼はラティルを見る時は
微かに微笑みましたが、
プレラを見る時は、
心配そうに眉を顰めました。
しかし、人前では
プレラに小言を言わず、
子供が食べなければ
食べないままにしておきました。
プレラは、
力をコントロールする方法を学ぶまでは
後継者になれない。 寿命の問題もある。
どのみち、ラナムンも、
この問題は知っている。
ラティルは、心が痛みましたが、
冷静に考えて、
今度は二番目の皇女と
サーナットを見ました。
二番目の皇女は、
主に、実父のサーナットと、
仲の良いプレラと話し、
一度ずつ、向い側に座っている
三番目の皇子と喧嘩していました。
しかし、聞いているのが
嫌になるほどのレベルで、
弟に畳みかけることは
ありませんでした。
その上、すでに、
かなり大人っぽい言葉を使い、
話し方も、
昔のレアンを思わせるほど
落ち着いていました。
しかし、クレリスは
他の子供たちに比べて
食べる量が少なく、
カルレインほどではないけれど、
食べ盛りの他の姉弟と比べると
確実に少ない食事量でした。
だんだん人間の食べ物を
遠ざけるようになるのを
心配してか、サーナットは、
二番めの皇女が、よそ見をする時、
素早く色々な種類の食べ物を
子供の前に取り分けてやりました。
二番目の皇女は、よそ見をする度に
食べ物が積み上げられると、
戸惑って、キョロキョロしましたが、
サーナットが、
なぜ食べ物を全く食べないのかと
平然と尋ねると、悔しそうな表情で、
少しずつでも、食べ物を
口に入れました。
クレリスはプレラより落ち着いていて
問題を起こしにくいけれど
あの子も血を見ると興奮して、
自分を
コントロールできませんでした。
次にラティルは、
三番目の皇子とカルレインを見ました。
三番目の皇子は、カルレインに、
パーティーで会った友人たちについて
嬉しそうに話していましたが、
その名前が、全て女の子の名前でした。
カルレインは関心がないのか
子供の話を片耳で聞いて、
片耳から流していましたが
それでも三番目の皇子は気にせず
カルレインの耳元で、
自分の話だけを続けました。
ラティルは、
複雑な気分になりました。
自分は、大きくなってから
浮気者になった。
幼い時から、ああではなかった。
とにかく、あの子は
皇位には関心がなさそうだし、
カルレインも、子供を
皇位に上げたがらないと思いました。
ラティルは四番目の皇子を見ました。
タッシールは子供の隣には座らず、
ラティルの隣にいました。
四番目の皇子は、
小さな体で腰を伸ばして
スープをすくって食べていましたが
時々、切実な目で、
タッシールを見つめました。
そして、タッシールやラティルと
目が合うと、
照れくさそうに笑いましたが、
目が合わなければ、ため息をつき、
五番目の皇女に話しかけました。
メラディムは、
四番目の皇子と五番目の皇女に
一つの食べ物だけを
与え続けていましたが、
六番目の皇子は、すぐに飽きて
下男に、他の食べ物を
持って来てもらうようにしました。
反面、五番目の皇女は、
ずっと同じ食べ物をもらいながらも
食べる度に驚きながら
親指を立てました。
四番目も賢い方だけれど、
二番目の皇女の方が賢いと
言われている。年が違うので、
同じように比較するのは
難しいだろうけれど、
二番目の皇女の方が賢いのに、
上の三人を飛ばして、
四番目を後継者に決めるのも曖昧だ。
それに四番目は、
頭がいいとか、そうでないとか
話すには、幼過ぎると思いました。
しばらく、ラティルは
頭を捻っていましたが、
考え事が多そうだという
シピサの心配そうな声を聞いて
考えるのを止めました。
ラティルは、ニッコリ笑って、
最近、仕事が多いからと誤魔化すと
空腹のふりをしてフォークを握り
皿に向かって頭を下げました。
しかし、無理やり一口食べると、
今度はラティルが、
四番目の皇子のように
ため息が出ました。
ラティルは頭を下げ続けながら
目だけを上げて、
隅にいるゲスターを見ました。
ゲスターは、相変わらず
猫をかぶるつもりなのか、
静かに食事をしていました。
しかし、
テーブルの上に乗せている
ゲスターの片手が、
リズムに合わせるように
少しずつ動いていて、
なんとなく嫌な感じがしました。
ここには音楽がないのに、
彼は、一体何のリズムに
合わせているのだろうか。
自分が、
本音を読むことを知っているのに
ゲスターは行動に気をつけない。
お酒に酔っていないと、
本音を読むことができないと思って、
あのようにしているのだろうか。
とにかく、
六番目の赤ちゃんが生まれたら、
ゲスターはどうなるだろうか。
生まれた赤ちゃんが
ゲスターに似ていれば、
野心が大きいだろう。
能力もあるだろう。
そうなれば、
ゲスターとロルド宰相は、
アトラクシー公爵以上に
野心を露わにするだろう。
さらに最悪なのは、
子供には野心がないのに、
ゲスターとロルド宰相の野心だけが
天にも届きそうな場合でした。
騒ぎを抑えるために
後継者を早く決めようと思ったけれど
むしろ、もっと騒がしくなることも
あり得るのではないか。
しばらく一人で悩んでいたラティルは
ついに決定を下し、
スプーンを下ろしました。
おそらくレアンは先帝の長子であり
男性であり、
高位貴族の皇后から生まれたので
彼が後継者になることに
異論を唱える人は
いなかったのだと思います。
けれども、皇配であるタッシールは
平民なので、四番目の皇子を
後継者にするのに反対する人は
多いと思いますし、
力のあるアトラクシー公爵と
ロルド宰相は、
自分たちの孫を後継者にするために
今後、熾烈な戦いを
繰り返す可能性が大きいと思います。
後継者問題に煩わさせるのが嫌で
すぐに皇配を置かず、
側室を置くようになったラティル。
皇権が安定した今、
ラティルが撒いた種を
どのように刈り取るのか楽しみです。
余談ですが、
今、マンガの一話を
久しぶりに読み返したところ
依然と、絵が変わっていました
今の絵との違和感なくなって
良かったと思いました。