30話 レイラとカイルは、お腹いっぱい夕食を食べました。
レイラとカイルは、
アイスクリームを手に持って
夜の街を歩きました。
レイラが、
早く帰って明日の準備しろと言っても
カイルは頑として、
消化をさせることが、
明日の準備をきちんとすることだと
言い返しました。
あまりにも堂々と答えるので、
レイラは反論できませんでした。
レイラは、
それでは少し歩こうと誘うと、
なぜ、カイルは
自分と結婚したいのかと
慎重に尋ねました。
そして、
もし、自分が可哀想だからなら・・・
と言うと、カイルは、
彼らしくない冷たい声で、
レイラの名を呼びました。
彼女がうろたえている間に、
カイルは彼女の前に立ちはだかり、
自分が同情心で結婚しようとする
そんな狂った奴に見えるのかと
尋ねました。
刃が立っている、
カイルの見慣れない表情が恐ろしくて
レイラは何も言えませんでした。
カイルは、
世間は広くて狂人が多いから、
そんな奴もいるだろう。
でも、少なくとも自分は違うと
言うと、カイルは
怒りを我慢しているかのように
深呼吸しました。
そして、結婚したい理由は。
レイラ・ルウェリンを
愛しているから。それだけだと
告げました。
緊張したレイラの顔を
見下ろしていたカイルは
ため息をつきながら失笑しました。
そして、もう数百回も
プロポーズを断られた自分が
レイラを可哀想に思うだろうか。
可哀想なのは自分だと言うと、
レイラの髪を軽く搔き乱し、
一歩先を歩き始めました。
きっと、
かなり馬鹿な顔をしているはずなので
それをレイラに
見せたくありませんでした。
その気持ちを理解したのか、
レイラは一歩分の間を空けて
彼の後を追いました。
黙って歩いている間に、
二人はホテルの前に到着しました。
カイルは、
再び笑みを浮かべた顔で、
中に入るようにと促しましたが、
そういえば、
今日はしていないと言って、
レイラにプロポーズしました。
拒絶されるのが明らかだとしても、
今では日課のようなものなので
さぼるのが不思議でした。
ところが、
「またね、カイル」と
何気なく挨拶すべきレイラが
なぜか静かでした。
カイルは目を細めて、
レイラを注意深く見ました。
結婚はしない。
その優しくて無情な返事が
出てくるはずの唇が、
徐々に開かれるかと思ったら、
信じ難い言葉が聞こえて来ました。
驚いたカイルは、
握っていた
アイスクリームのカップを
放してしまいました。
溶けたアイスクリームが
靴の先を汚しましたが、
そんなことは、
どうでもいいことでした。
結婚してくれるの?と
たどたどしく聞き返したカイルに
レイラは、
目を伏せたまま頷きました。
カイルは、震える声で
再び聞きました。
レイラは、
恥ずかしそうな表情で彼を見て、
再び小さく頷きました。
そして、何か言おうとしましたが
カイルは歓声を上げて、
彼女を抱き締めました。
ホテルの前を通っていた人たちが
びっくりして見つめても、
驚いたレイラが悲鳴を上げても
カイルは気にせず、
レイラを抱いたまま
クルクル回りました。
その夜、カイルは、
レイラと結婚し、エトマン夫妻として
平凡で幸せな日常を送る夢を見ました。
以前、レイラが、
遠い未来に、
自分の家を持つことができたら、
小さな花壇でバラを育てる。
そして、それが花を咲かせたら、
本当に幸せだろうと言って
恥ずかしそうに
笑ったことがありましたが、
カイルは夢の中で、
その花壇を手入れする
レイラを見ました。
満開のバラよりも
美しいレイラのそばで、
子供たちが、明るく笑いながら
遊び回っていました。
カイルを見つけた子供が
「お父さん」と呼びながら
ちょこちょこ走って来ました。
レイラと彼に似た、
金髪の可愛い女の子でした。
その子はピョンピョン飛び跳ねて
カイルを歓迎しました。
娘をさっと抱いて、
レイラに近づいている途中、
風に乗って、
甘いバラの香りが漂って来ました。
彼を見てレイラは微笑みました。
カイルはその夢の余韻の中で
目を覚ましました。
その幸福感のおかげか、
予想よりはるかに、
試験がうまく行きました。
その夢が、
もうすぐ現実になるなんて。
世の中に、
これほど大きな祝福は
存在できないと思いました。
試験場を出る頃には、
このまま空高く舞い上がることも
できるような気がしました。
そして、外のベンチに座って
彼を待っているレイラを見た瞬間、
本当に宙に浮いたような気がしました。
大声でレイラを呼ぶと、
彼女は読んでいた本をカバンに入れて
近づいて来ました。
レイラは、
試験はどうだったか。
難しかったか。
うまくできたと思うかと尋ねました。
カイルは、
わざと偉そうに顎を上げると
レイラは、
とんでもない心配をしている。
自分は、
勉強で二位になる方法を知らない
カイル・エトマンだと答えました。
レイラは思わず笑ってしまい、
そうだった。
その賢いエトマンさんを
忘れていたと返事をしました。
カイルは、
残念だ。 これからは
いつも覚えているようにしてと
言うと、レイラの手を
そっと握りました。
レイラは驚いたように、
ビクッとしながらも
その手を振り払いませんでした。
カイルは、
満面の笑みを浮かべました。
本当に、試験はうまく行ったのかと
不安そうに尋ねるレイラが可愛くて
カイルはニッコリ微笑みました。
彼は、
心配しないように。
自分だけ不合格になり、
一緒に大学に通えないという
好ましくない状況には
ならないだろうからと答えました。
レイラは、
そういう意味で言ったのではないと
反論すると、
彼女の両頬が微かに赤くなりした。
熟した桃のように甘そうだと思うと
カイルは、
突然、喉が熱くなりました。
ここが校庭ではなく、静かな街だったら
勇気を出して、
キスすることもできたのにと
カイルは残念がりましたが、
やたらと、そんなことをしたら、
レイラが怖がって、
委縮するだろうから、
もう少し待たなければならないと
考え直しました。
カイルは、
土がいっぱい付いている
あの巨大なシャベルと、
ビルおじさんの
ぞっとするような微笑を
思い浮かべました。
二人は、手をギュッと繋いで
医学館から生物学館まで、
距離を見計らいながら歩き、
笑って、はしゃぎました。
生物学館の前に近づくと、
レイラは、
カイルの合格は間違いないけれど
自分は、少し難しいかもしれないと
深刻な口調で囁きました。
カイルは、
無事に試験がうまくいったと
言っていたのに、
どうしてそんな心配をするのかと
尋ねました。
レイラは、女子学生の人数は
とても少ないからと答えると、
険しい表情をしました。
カイルは短くため息をついて
頷きました。
帝国の大学が、
女子学生の入学を許可したのは
わずか数年前のことでした。
しかし、選抜されるのは
ごく少数でした。
しかし、カイルは、
レイラは合格する。
レイラ以外に誰を選ぶのかと
確信に満ちて言いました。
レイラは、
過信しすぎではないかと
反論しましたが、
カイルは、
八年という長年の積み重ねから
導き出された信頼度の高い結論だと
言いました。
郵便馬車に乗って
アルビスに向かった道を
レイラは、今でも鮮明に
思い浮かべることができるのに
いつの間にか、八年という長い歳月が
流れていました。
レイラは、
青年になったカイルの姿が、
こと新しく感じられました。
レイラの
物思いに耽った視線を前にして
少し恥ずかしくなったカイルは
どうしたのかと、
気まずそうに尋ねました。
レイラは、
カイルが随分大きくなったと、
真剣な表情で感心しました。
時々、こんなに突拍子もないことを
言う時のレイラを、彼は、
なんて愛らしいのかと思いました。
どうしたらいいか分からないカイルは
「うん」と頷きました。
そして、
レイラの夫になれるほど
大きくなったと付け加えると、
気に入ったかと尋ねました。
レイラは、慌てふためきながら
よく分からないと答えると、
急いで、硬直した足を踏み出しました。
恥ずかしがっている
レイラの姿を見る
カイルの目に浮かんだ笑みが、
一層明るく温かくなりました。
帰り道、カイルは、
一緒に住む家や
いつか生まれる
可愛い子供たちのことなど、
すぐに現実になる
美しい夢を語りました。
レイラの瞳に浮かんだ
慎ましい期待を、
カイルは良いと思い、
必ず、それを現実にしてあげたい。
そのために、自分が
この世に生まれたのではないかという
多少滑稽で
感傷的な気分になりました。
カイルは、
子供は何人ぐらい欲しいか。
自分は、娘も息子も欲しいと言うと
レイラは、
五人くらいと答えました。
恥ずかしそうな態度とは裏腹な数字に
カイルは当惑しました。
しかし、レイラは、
ニッコリ笑いながら、
それだけ子供が多ければ寂しくない。
お互いに頼れるし
お互いに似た顔で、
家の中が賑やかになるなら、
それが本当にいいと思うと
言いました。
カイルは、その明るい笑顔の上に
レイラの寂しかった時間を
垣間見るようで、
少し心が痛みました。
五人か。最善を尽くすという
カイルの、突然の
力強い誓いの言葉に、
レイラは目を見開きました。
ぼんやりと
見つめ合っていた二人は、
ほぼ同時に顔を赤らめました。
カイルは、
そんなことばかり考えていないと
弁解しました。
自分も違うと、レイラも
慌てて言い放ちました。
目を合わせることができず
右往左往していた二人は、
今では手を離して、
一歩ほどの間隔を維持しながら
歩きました。
つんと澄ましたレイラの横顔を
チラッと見ていたカイルは、
無理やり我慢していた笑いを
噴き出しました。
カイルは、
あんな言葉でさえ、
そんなに恥ずかしがるのに、
赤ちゃんを五人も作る
決心をしたのかと尋ねました。
レイラは、しかめっ面で、
カイルをチラッと見ました。
彼は、
幾何以外は、全てをよく知っている
ルウェリンさんが、まさか五人を、
コウノトリが運んで来ると
思ったわけではないよねと
少し意地悪そうにからかうと、
レイラは、ひどくしかめっ面をして
小走りし始めました。
カイルの愉快な笑い声が
大きくなりました。
「一緒に行こう、エトマン夫人!」
と、いたずらな叫び声が、
校庭に響き渡りました。
今や、レイラは走り出しました。
後ろで一本に編んだ髪が
軽快に揺れました。
その後ろ姿を、カイルは
大事に目に焼き付けました。
また、あの美しい夢の中に
戻ってきた気分でした。
永遠に、
目覚めたくありませんでした。
ラッツに向かう汽車の中では、
カイルとの生殖行為について
言及し、彼との結婚は
考えられないような態度を
取っていたレイラが、
急にプロポーズを受け入れたのは、
博物館で、
マティアスと会ったことが
影響しているのではないかと
思いました。
もしかして、レイラは、
カイルと結婚することで、
マティアスと離れられると
無意識のうちに
考えたのではないかと・・・
マティアスも、
レイラがカイルと結婚することで
自分の世界から彼女が消えることを
表面上は願っているので、
もう、このまま何も起こらず、
二人を無事に結婚させたいと
心から願わずにはいられませんでした。
今回、二人の幸せな姿が
描かれているのに、
何となく読んでいて悲しくなりました。
**************************************
いつもたくさんのコメントを
ありがとうございます。
次回は、月曜日に更新予定です。