47話 エルナとビョルンの初めての夜です。
しばらく息を殺していたエルナは
「こんばんは、王子様」と
小さく囁きました。
ひどく警戒する中でも
丁寧に挨拶する姿に
ビョルンは笑わされました。
ビョルンはエルナに、
とても疲れているかと尋ねました。
別に叱ろうとしたわけではないのに
エルナは泣き顔になって謝りました。
ビョルンは、
起き上がろうとするエルナを
阻止しながら
ベッドに腰を下ろしました。
彼の花嫁は、
どうすることもできないまま
苛立たしげに瞬きをしていました。
のんびりと、その姿を見守っていた
ビョルンの視線は、
ガウンの前立てを押さえている
両手の上で止まりました。
節制のないレースとフリルだらけの
ガウンとパジャマは、どう見ても、
純粋にエルナの好みでした。
フィツ夫人も、
大公妃のパジャマの好みまで
関与することは
できなかったようでした。
きれいなパジャマだと、
茶目っ気混じりに褒めると
エルナの顔が真っ赤になりました。
深刻な顔で悩んでいたエルナは、
消え入りそうな声で
お礼を言ったので、
ビョルンは思う存分笑いました。
エルナは悔しそうに眉を顰めましたが
何も言えないまま、
小さく身をすくめました。
豊かなレースの下に現れた白い足が、
まるで人形のように
可愛らしいと思いました。
しばらく続いた笑いを止めると
ビョルンは、静かに
エルナの名を囁きました。
彼女は当惑して彼を見ました。
数えきれないほど
聞いて来た自分の名前が、
このように聞き慣れないのは
不思議でした。
「はい、王子様」と
辛うじて返事をするエルナの声は
ひどく震えていました。
じっと横になっているだけなのに
息が切れて、
しきりに指先が、かじかみました。
ビョルンは、
名前で呼んでと命令すると
エルナの髪のリボンを解きました。
シーツの上に落ちた髪の毛を
撫でていた手が、
すぐにエルナが握りしめている
ガウンの前立てに触れました。
ビョルンは、
ベッドの上で王子様はちょっとと
言うと、
しっかりと結んでおいた
リボンの先を握って、
エルナを見つめながら微笑みました。
そして、
もう一度、呼んでみてと言うと、
リボンを引っ張りました。
エルナは結び目を
反射的に握りしめながら
首を振りました。
ビョルンは、エルナの抵抗に
気づかない人のように
「早く」と催促しました。
その間に、
リボンを巡って対立していた
力のバランスが崩れ
ビョルンが勝利しました。
ビョルンは
最善を尽くさなければと言うと
あたふたと前立てを握ろうとする
エルナの両手首を、
大きな力を入れずに握りました。
ビョルンは、
良い妻になると、
自信を持って約束したのは
嘘だったのかと尋ねました。
エルナは、
途方に暮れそうな混乱と恐怖の中でも
自分は、そんな嘘はつかない。
本当だと、
断固として否定しました。
ビョルンは、
良かった。
自分は騙されるのが本当に嫌だと
言うと、微笑んで
エルナを放しました。
エルナは、
両手が自由になったけれど、
気軽に体を隠すことが
できませんでした。
ビョルンの唇は微笑んでいても、
目は微笑んでいなかったので
感情が読みにくい表情でした。
もじもじしていたエルナは、
行き場を失った手で
シーツを握りました。
固く約束した最善は
この種のものではありませんでしたが
これも結婚の一部であるため、
責任から逃れる方法はなさそうでした。
その気持ちを読み取ったかのように、
ビョルンは、
一段と落ち着いた手つきで
ガウンの前立てを開くと、
パジャマを留めている
リボンとボタンを
一つずつ外していきました。
どうせ脱ぐ服を丁寧に着飾った
女性の愚鈍さと、
初夜の花嫁が着そうにない
窮屈なパジャマは、
それほど、悪くはなさそうでした。
そして、丁寧に包装された
プレゼントの箱を開ける楽しみと
言うべきか、
邪魔なものを取り除くことで
現れ始めた女の体が与える楽しみも
かなり大きいものでした。
ビョルンの手が
胸にあるボタンに触れると、
エルナは「王子様」と呼び
急いで腕で体を隠しました。
ビョルンは「名前」と言うと
これといって力を入れることなく
引き離したエルナの両腕を
シーツの上に押しつけました。
泣きべそをかきながら
唇を震わせていたエルナは、
数回、試みた末、
ようやく彼の名前を囁きました。
耳をすまして、やっと聞こえるほど
小さな声でしたが、
ビョルンは喜んで頷きました。
エルナは
起き上がろうとするかのように
もがきながら
自分が脱ぐと哀願しました。
面白い反応でしたが、
ビョルンは何も悩むことなく、
エルナに、
休んでいるように。
疲れているではないか。
自分も、それなりに
最善を尽くさなければと
淡々と答えると、
エルナが守ろうとしたボタンを
一つずつ外していきました。
そして、半分ほど開いたパジャマが
肌を伝ってずり落ちました。
最善を尽くしても耐え難い羞恥心に
震えるエルナを眺めながら、
ビョルンは優しく微笑みました。
そして、体もきれいだという
ビョルンの信じられない言葉を
聞いたエルナは息を呑み、
激しく息をしました。
礼儀正しい挨拶など、
これ以上できませんでした。
目の前が真っ白になり、
何とか耐えなければならないという
意志まで消えてしまいました。
本能的な恐怖に捕らわれた
エルナが体を起こそうとした瞬間
ビョルンが
ベッドの上に上がって来ました。
大きな体の下に閉じ込められた後
エルナはその事実に気づきました。
無意識のうちに放った悲鳴は
ビョルンの唇の上で砕けました。
急いで彼の名前を
呼ぼうとしましたが無駄でした。
体の匂いと息遣い、濡れた唇と
舌を絡めて吸い込む音が
すべての考えを消しました。
ようやく気がついた時、
エルナは
ベッドの真ん中に横たわって
息を切らしていました。
目の前に、
ビョルンの顔がありました。
ぼんやりしているエルナが
意識を取り戻す前に、
冷たい手が胸に触れました。
続いて熱い唇が
反対側の胸を飲み込むと、
エルナは自分の顔を
両手で隠したまま、
苦しい息だけを吐きました。
首を振りながら、途方に暮れて
うめき声をあげている間に、
きれいに見せようと
せっせとブラッシングした髪の毛が
めちゃくちゃに
乱れてしまいました。
エルナが目を開けたのは、
腰に沿って降りて来た手が
両足の間に滑り込んできた
瞬間でした。
気軽に呼ぶ勇気が出なかった
ビョルンの名前を
エルナは悲鳴のように
切迫に叫びました。
ビョルンは、
唇と手の跡が赤く刻まれた胸に
埋めていた顔を上げて
彼女に向き合いました。
彼を押し退けようと必死になりながら
エルナはすすり泣くように
彼の名前を呼び続けました。
眉を顰めたビョルンは手を止めたまま
腰を起こして座りました。
エルナはついに泣き出しました。
とても怖くて痛くて恥ずかしくて、
なぜか悲しくもありました。
ビョルンが、
この世で最も情けないことを見るように
自分を見下ろしていることを
知っているにもかかわらず、
泣き声は、ますます
激しくなるばかりでした。
エルナは、
再び両手で自分の顔を覆いました。
ビョルンは、
滅茶苦茶な芝居の観客のような顔で、
泣きじゃくる妻を見つめました。
かなり呆れた状況だけれど
きれいな体一つは
見る価値がありました。
細い手足とふっくらとした胸。
幼い顔と柔らかい体の線が作り出す
コントラストのためか、
小柄であるにもかかわらず、
それほど未熟な感じを
与えませんでした。
正直に言うと、期待以上でした。
こんな狂ったことをする女性に
これほどの寛容さを
与えることができるほど、ビョルンは
顔に劣らず美しい妻の体に
かなり満足していました。
泣き声の勢いがやや収まると
エルナは、
縋りつくように彼を見つめ、
すすり泣きながら、
ビョルンの名前を囁くことを
繰り返しました。
何が言いたいのか、
自分でも分からないように
ぼんやりとした顔でした。
ビョルンは、ため息をつきながら
自分の頭を撫で下ろしました。
手に強く残った女性の体の匂いが、
この状況が与える苛立ちを
倍増させました。
きれいに濡れながら
大声で泣き出す女性だなんて。
ありとあらゆる酔っぱらいを
あまねく経験して
強く鍛えられたと信じていた自分が
傲慢だったという気がしました。
しかも、酔っていないのに、
これほどの当惑感を
与えることができるという点に
特に驚きました。
ビョルンは目を細めて
厄介な女性を見下ろしました。
ベッドの上では、
楽しければそれでいい。
ぶつぶつ不平をこぼす、
慣れていない女性を
宥めてあやす趣味など、
彼にはありませんでした。
そのような手間を
甘受したくありませんでした。
普通なら、
未練なくやめたはずでしたが、
問題は、エルナが彼の妻で
当然、彼のものになるべき
女性だということでした。
彼と目が合ったエルナは
「ごめんなさい、ビョルン」と
すすり泣きながら謝りました。
彼は、その瞬間、
既視感に失笑しました。
そういえば、ベッドで
このように
ムカつく振る舞いをした女性は
初めてではありませんでした、
先例が一つありました。
グレディスでした。
よりによって、
またこんな女なのか。
今度は、自分の足で
泥沼に入り込んだような汚い気分に
ビョルンは失笑しました。
その時、エルナの手が
彼の肩に触れました。
そして、
騙したのではない。約束は守ると
言いました。
襲われているかのように
振る舞う姿は、
ぞっとするほど同じでしたが、
そのきれいな唇で
ぺちゃくちゃ喋る言葉は、
記憶の中の女のものとは
全く違っていました。
エルナは、
部屋の中を見回しながら
少し怖くて、慣れないし、
妙だしと言うと、怯えた目で
再びビョルンを見て、
約束は守ると言いました。
また約束。
エルナがブルブルしながら
伝える言葉は
ビョルンを当惑させました。
借金を取り立てに来た
高利貸しにでもなった気分でした。
トロフィー代を借りた時も、
彼女はこうでした。
船遊びを口実に
借金を帳消しにしなかったら、
彼女は真面目な債務者として、
造花などを一生懸命作りながら
約束の証だと言って
花を差し出しながら、
まだ、その金を返しているだろうと
思いました。
あの花のように笑っていた
女性の顔が浮び上がると、
ビョルンは、
もう少し虚しい気分に包まれて
長いため息をつきました。
エルナは、
それを叱責として受け止めたのか
ギクッとして、
彼の肩をつかんでいた手を
放しました。
ブルブル震える手で、
せっせと涙を拭おうとする姿が
苛立ちと憐憫を
同時に呼び起こしました。
この女性がどこまで無知なのか
ビョルンは、これ以上
推し量らないことにしました。
何も知らない娘を
このような状態で嫁に出した
ハルディ家の意気込みが
驚異的に思えるほどでした。
夫と力を合わせて
結婚商売に熱を上げた継母と、
前世紀を生きる
母方の祖母を持つ女性ということを
考えれば、
とても理解できないことでは
ありませんでしたが。
夜逃げまで一緒にしようとした女性に
指一本触れたことがないなんて
あの画家は不能だったのだろうか。
全王国に妖婦という噂が
広まっているけれど、実際は、
このように対策のない
白紙状態の妻を眺めていたビョルンは
大きくため息をつきながら
ベッドから降りました。
このようにイライラする中でも、
気が狂いそうに
下が引っ張られているという事実が
滑稽であり、呆然とし、
自然に失笑が出ました。
息を整えたビョルンは、
酒瓶とグラスを手に取って
ベッドに戻りました。
エルナは、その間に
足下に追いやられていた
レースのガウンを拾って、
裸の体を中途半端に隠していました。
ビョルンは見て見ぬふりをしました。
ビョルンは酒を注ぎながら、
エルナに、どのくらい
酒が飲めるかと尋ねました。
エルナは目を丸くしながら、
よく分からないと答えました。
ビョルンは、
どれくらいまで飲んだことがあるかと
尋ねました。
エルナは、一杯だと答えると
満杯にしたグラスを持って
ベッドの前に立ちました。
何も知らない馬鹿に
なりたくなかったのか、エルナは、
一杯飲み干すと、
とても熱くて、めまいがしたと
素早く説明を付け加えました。
まだ、涙が乾いていませんでしたが
目つきと表情は、
見覚えのある彼女のように
ハキハキしていて清らかでした。
ビョルンは頷くと
ベッドのそばに腰掛け、
「飲んでください」と言いながら
グラスを渡しました。
バラ色の酒と彼の顔を
交互に見ていたエルナは、
「ああ」と小さく嘆きながら
目を伏せました。
「飲んで我慢して」と
付け加えた彼の命令は、
手に持ったグラスの感触よりも
滑らかで冷たいものでした。
グレディスと結婚する前に、
ビョルンが
女遊びをしたかどうかは
分かりませんが、新婚初夜に
グレディスに拒否されて、
一度も彼女と寝ていないということは
彼女を抱く気も起こらなかったのかも
しれませんが、
一応、グレディスが、
その気になるまでは
待つことにしたのかもしれません。
ところが、グレディスは、
下手をすると、
レチェンが宣戦布告でも
しかねないほどの
とんでもない裏切りをしていた。
ビョルンは
第一に国のことを考え、
自分を悪者にしてまで、
グレディスと離婚した。
けれども、彼は
グレディスのことは愛していなくても
彼女の裏切りには酷くショックを受け
女性のことが
信じられなくなったのではないかと
思いました。
それで、その後、ビョルンは、
後腐れのない女性とばかり付き合い
フェレス嬢か二股かけていたと
知った時は、内心、やっぱりねと
思ったのではないかと思いました。
ビョルンにとってエルナは、
ありとあらゆることが
初めての女性なのではないかと
思いました。
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いつも、たくさんのコメントを
ありがとうございます。
いよいよ、来週のマンガで
狸娘の化けの皮が剥がれます。
(kumari様風に言ってみました)
最初に原作を読んでいた時は、
そのように思わなかったのですが
本を何とかしてくれと
狸娘が狸父親に
号泣する姿を絵で見てみると
レチェンにいた時に
メソメソしていたのは
皆の気を引くための
芝居だったのではないかと思いました。
midy様
ビョルンが、あの女と
言っている時の女は여자で、
意味は女子です。
女性という意味の여성という言葉も
ありますが、
여자よりも丁寧な言い方で、
普段の会話では、
あまり使わないようです。
マンガの100話は여자と書かれていて
訳は、女でも女性でも
どちらでも良いと思いますが、
翻訳者様が女の方が良いと思って
女とされたのかなと思います。
私も、 여자を
女としたり、女性としたり
彼女としたりするのは、
その時の気分みたいなものが
あるので、
あまり気にしないでいただけると
有難いです。
それでは、次回は明日、
更新いたします。