66話 エルナとビョルンはフェリアに到着しました。
王子は常習犯でした。
気が向いた時は、
かなり優しい夫の役割を
果たしてくれましたが、
そうでなければ、
まるで今日のように、
妻の存在を忘れた人のように
無情でした。
リサは、
妃殿下は本当に早いと、
口癖のような言葉を
一気に吐き出しました。
この世にビョルン王子より
自分の思い通りに
生きる男もいないだろうと、
リサはもう断言できました。
この都市の観光パンフレットを
読みふけっていたエルナはリサに
何て言ったのかと尋ねると、
本当の笑顔でリサを見ました。
一晩中友達とお酒を飲み、
カードゲームをするために
昼間寝ている夫のせいで、
今日もメイドと
新婚旅行を楽しむようになった
悲運の大公妃とは思えない様子でした。
わけもなく、
エルナの心を傷つけたくなくて、
リサは、何でもないと
適当にごまかしました。
エルナが、
あんなに楽しそうにしているなら
どちらでもいいと思いました。
注文したお茶が出てくると、
エルナは、それくらいにして
観光パンフレットを置きました。
美しいティーウェアと
華やかなデザートで有名だという
このホテルのティールームは、
パンフレットで紹介された通りでした。
予定では、ビョルンとティータイムを
共にするはずでしたが、
彼が予定になかった、
多少放蕩な集まりを楽しんだため
計画は失敗に終わってしまいました。
歴訪中の大公夫妻を訪問した客は、
すべて、この王国の地位の高い王族と
貴族の家門の子息でした。
彼らは、確かに品位を保って
訪問しましたが、
今朝見た姿はそうではなく
ビョルンも
例外ではありませんでした。
とてもきれい。もったいなくて、
どうやって食べようかと、
リサは感動した顔で、
テーブルいっぱいに並べられた
この良いことを、
夫の代わりに自分と楽しんでいる
エルナのことを思うと
悲しくなるはずなのに、
軽薄な口角は、なかなか下がる気配を
見せませんでした。
エルナは、
たくさん食べてくれることで
残りの時間も楽しく旅行できると
天使のように、
優しく勧めてくれましたが
リサは、少し脅威を感じました。
大公妃は、今日も必ず最後まで
やり通すつもりのようでした。
朝から晩まで、エルナは
綿密な計画に沿って
真面目に旅行をしました。
好奇心旺盛で勤勉なので、
なかなか時間を無駄にすることが
ありませんでした。
何でも知りたがって、
何でもないことに感心しました。
レチェンの王子として
遂行する任務以外の
すべてのことにおいて、
怠惰で気乗りしないビョルンとは
あまりにも違いました。
クリームとジャムを
たっぷり塗ったスコーンを
大きく口を開けて食べたリサは、
とても美味しいと、
心から感嘆しました。
造花を納品するために
デパートに立ち寄った時、
いつもエルナと一緒に訪れた
あのティールームの
レンガのようなスコーンに比べれば
天国の味だと絶賛しても
足りませんでした。
まったく食べられそうもない
安物のスコーンを前にして、
縁が欠けたグラスに入ったお茶を
すすったのは夏なのに、
たった二つの季節が過ぎただけで
外国の高級ホテルで
こんな贅沢を楽しんでいました。
自分は本当に出世したようだと
リサが下した真剣な結論に、
エルナは陽気に笑いました。
それほど大きくない笑い声なのに
ティールームにいる
お客さんの視線が集中しました。
本人は、その事実も理由も
知らないようでしたが。
リサ・ブリールの無駄になった傑作。
なんのために頑張ったのか分からない
美しいエルナを
じっと見つめていたリサは、
意志を固めたように、
残ったスコーンを
食べてしまいました。
エルナが差し出すクッキーやケーキも
遠慮しませんでした。
一体、下水道博物館のような所へ
なぜ行かなければならないのか、
その理由はまだ分かりませんでしたが
エルナが良ければ、それでいいのだと
思うことにしました。
妻が作った一日のスケジュールが
下水道博物館で
終わるということを知った
ビョルン王子の表情を、リサは
あまり想像したくありませんでした。
フォークを下ろしたリサは
ショーウィンドウの向こうの
大きな建物を一周するほどの
人々の長い列を見て、
一体どうして彼らは、
あのように並んでいるのかと
尋ねました。
エルナは、
ホテルのショーウインドーの
斜め方向に立っている
大聖堂を指差しながら、
あの聖堂のドームに
上がろうとしていると答えました。
壮大な建物の頂上には
金色に輝くドームがあり、
その周りを、
ぐるぐる回る蟻のように見える点が、
おそらく、あのように列を作って
上がった人々のようでした。
エルナは、
200年前に、レチェンから嫁いで来た
王妃が建てた聖堂だそうで、
国王夫妻は、一生お互いを大切にし、
愛し合って暮らしたそうだ。
それで愛する人と一緒に
あそこに上って鐘の音を聞くと、
その愛が叶うという俗説があるそうだ。
聖堂が建立された時、
フェリアの国王夫妻がそうしたようだと
てきぱき説明しました。
次の新婚旅行先が
フェリアだと聞いた日から
熱心に勉強をして
学んだことの一つでした。
フェリアに到着する日を
指折り数えて待つようになった
最大の理由でもありました。
リサは、
あそこへは自分ではなく
是非、王子と一緒に行くようにと
勧めました。
公務を遂行する時を除けば、
まともに座った姿も見られない王子が
あの高いところまで上がる姿が
想像つきませんでしたが、
リサは真心を込めて叫びました。
エルナは恥ずかしそうに頷きました。
フェリアに向かっていた船の
船室のベッドの上で、エルナは
10日後は自分の誕生日だという、
口にするのを、かなり躊躇っていた
言葉を切り出しました。
自分の口から
そんなことを言い出すのは
気まずかったけれど、
結婚後に迎える20歳の誕生日を
無意味に
過ごしたくなかったからでした。
大聖堂のドームに一緒に上る
プレゼントが欲しいという頼みに
ビョルンは、
快く頷いてくれました。
もしかして断られるのではないかと
戦々恐々とし、
数十回も悩んだエルナを
気まずくさせるほどの快諾でした。
思わず吹き出した喜びの歓声は、
ビョルンの唇の上で砕け散りました。
動きが大きく荒々しくなったせいで、
感謝の気持ちを伝えるだけの
余裕を持つことは困難でした。
そんな野蛮な状況で分かち合うには
ロマンチック過ぎる会話でしたが、
この三ヶ月の結婚生活を
振り返ってみると、
ビョルンは、そんな瞬間が
一番寛大だったので、
仕方がありませんでした。
もう一度、約束を
思い出させなければならないだろうか。
しばらく悩みましたが、
エルナはすぐに考えを改めました。
両目を見つめながら約束したし
甘い笑みを
浮かべてくれたりもしました。
その気になれば、
いくらでも優しい恋人になってくれる
男ではないだろうか。
もちろん、余程のことがない限り、
なかなか、そうしてくれないという
短所はあるけれど、
まさか妻の誕生日を
忘れているはずがありませんでした。
きれいに空になった皿を見たエルナは
もう行きましょうかと言って
席から立ち上がりました。
明るい笑みを浮かべた顔でした。
ビョルンは、足音だけで、
エルナが来たことに気づきました。
慎ましやかな態度で、
静々と近づいて来るまでは
使用人たちと一緒にいますが、
足取りが慌ただしくなった時からは
もう一人でした。
そして「ビョルン!」と
ノックの音とともにドアが開きました。
どうせ許可を得ないで開けるくせに
毎回、無駄な礼儀をわきまえる
変な意地を張る淑女でした。
彼を発見したエルナは、
足早に近づいて
ソファーの前に立ちました。
ビョルンは、
読んでいた雑誌を手に取ったまま、
視線を上げました。
エルナはニッコリ笑って
彼を眺めていました。
緑のベルベットのドレスに
リボンとフリルがいっぱい。
今日もプレゼントの箱のような
姿でした。
ゆっくりと周りを見回したエルナは
優しい笑みを浮かべたまま、
お客さんは両足で歩いて帰ったかと
辛辣な質問をしました。
ビョルンが「たぶん」と答えると、
エルナは、
良かった。もしかして四つん這いで
帰ったのではないかと心配していたと
皮肉たっぷりに言いました。
しかし、
相変わらず天使のような顔でした。
ビョルンはクスクス笑いながら
雑誌をテーブルの上に
投げ捨てました。
そして、反対側の肘掛けに
乗せていた足を下ろすと、エルナは
その場におとなしく座りました。
ビョルンが起き上がって座ると、
エルナは待っていたかのように
今日一日の出来事を
しゃべり始めました。
どれほど熱心に、町中を
駆け巡ったことか。
毎日のように歩き回っても、
依然として行く所が多いというのが
不思議なほどでした。
ホテルでティータイムを楽しんだと
自慢していたエルナは、
下水道博物館に行って、
そこで船にも乗ってみたと、突然、
とんでもないことを話しました。
ビョルンは、
何を聞いたのか信じられず
「何だって?」と聞き返しました。
エルナは、
一様に明るい笑顔を見せながら、
下水道博物館を知らなかったの?
ここにあるのだけれど、
本当に不思議だった。
地面の下に、あんなに大きくて長くて
複雑なトンネルがあることを
知っていた?
地下の下水道に脱出するシーンが
出て来る小説で見た通りだったと
話しました。
フェリア、この変態野郎ども。
この世に、そのような博物館を
作ることを考える狂人たちが
存在するという事実に
ビョルンが驚嘆している間、
エルナは、
船に乗って下水道を見物したり、
案内者が下水道に落ちた物の探し方も
教えてくれたと、休むことなく、
不思議な地下世界について話しました。
満足しているエルナを見て、ビョルンは
昨夜、急襲する如く、
自分を訪ねて来たフェリアの蕩児たちに
感謝しました。
下水道で船遊びをするよりは、
泥酔したフェリアの犬たちを
相手にした方が
ずっと優雅だと思いました。
ビョルンは、
今、下水道から
帰って来たところなのかと
尋ねました。
彼のプレゼントの箱は「はい」と
堂々と頷きました。
ビョルンは、
ソファーの端に座ることで、
下水道の冒険家との間を開けました。
じっと彼を見守っていたエルナの鼻先に
徐々にシワができ始めました。
エルナは、
酔っ払ったせいで約束を破り、
一日中、自分を一人で旅行させた
夫のあなたが、まさか今自分を、
汚いと思っているのかと言って
呆れたため息をつきました。
そして、これ見よがしに
体をくっ付けて来ました。
ビョルンが引き下がった分だけ
近づくのを繰り返していたエルナは、
いつの間にか彼の膝の上に
座るようになっていました。
大笑いしたビョルンは、
転がって来たプレゼントを
胸に抱いたまま
ソファに身を投げました。
エルナからは、
今日も甘い花の香りがしました。
ビョルンは、
帽子が悲しむ。
下水道へ旅行するために
作られたものではないと思うと言って
厄介な帽子を脱がせ、
テーブルの上に投げました。
続いてマントをはがし、
ドレスの裾を捲り始めました。
彼の体の上で、おとなしく
うつ伏せになっていたエルナは
彼の手がガーターベルトに触れると
ギョッとしました。
彼の手首を握ったエルナは、
もう少し、この姿を見てくれないか。
新しいドレスで、リサが
一生懸命、着せてくれたと
真剣に訴えました。
しかしビョルンは気にせず、
何も着ていない時が
一番きれいだと言って
ガーターベルトのフックを外しました。
エルナは、
最高の絶賛を受けた女性らしくない
驚愕の表情でした。
エルナは、
あまりにも侮辱的なことを言っている。
もし自分がそんなことを言ったら
どう思うかと、
腹立ちまぎれに言いましたが
エルナはすぐに後悔しました。
すでに半分服を着ていない彼女の夫は、
ニヤリと笑っていました。
すでに答えを聞いた気がするような
顔をしていました。
エルナは急いで
夫の唇の上に手を置き、
返事は断ると言いました。
幸い、その願いは叶いました。
阻止したかった答えよりずっと、
みだらな方へ行きましたが。
結婚して以来、エルナは
ビョルンに対して、一度も
お願いらしいお願いをしたことが
なかったと思います。
でも、フェリアの大聖堂のドームの
ロマンチックな伝説を聞いて、
どうしても、
ビョルンと上りたくなった。
折しもフェリアに滞在している間に
自分の誕生日も来る。
ビョルンと結婚して初めてもらう
誕生日プレゼントは、
絶対にこれしかないと思って
一番、ビョルンが寛大な時を狙って
お願いしたのでしょう。
でも、ビョルンはベッドの上では
思考が
マヒした状態だったでしょうから
半分、生返事だったのだと思います。
それでも、覚えていただけ
まだ良かったと思いますが。
ビョルンに
皮肉を言えるまでになったエルナ。
グレディスと対峙して勝利してから
一皮剥け、
今までは言えなかったけれど、
今は、言っても大丈夫だという自信が
出て来たのではないかと思いました。